元々あまり容姿について考えることは無かったし、年についても深く考えたことは無かった。
すぐ側に、「綺麗」と「可愛い」を連発する馬鹿が一人いるけれど、自分で自分を綺麗だと思ったことは無いし、もちろん可愛いと思ったことも無い。
見て見られないことは無い。
歩いていて人に見苦しく思われない程度ではある。それが自分の顔に対する認識だった。
だから人に何を言われても気にしたことは無かったし、自分の顔や体つきをまじまじと見ることも無かった。
それがある日明るい日差しの下で自分の手を見て、ぼくは自分が年をとったということを実感したのだった。
何が…というわけでは無いけれど、明らかに以前とは違う。
それは指導碁の相手をする子ども達の肌よりも、日々向かい合って打っている百戦錬磨の老人達の方にどことなく近くなっていた。
皺があるわけでも無い、染みが出来たわけでも無い。でもそれが何故かショックだった。
家に帰っても忘れられなくて、なんとなく鏡を眺めてみる。
(やっぱり年を取った)
写る顔は年相応の枯れ方をしていて、それにもまた軽くショックを受けた。
当たり前だ。十代や二十代ならまだしも三十を過ぎ、四十に近くなれば若いままではいられない。
そんなこと充分解っているつもりだったのに、何故だか非道く憂鬱になった。
「…ん?何してんの?」
そしてこういう時に限って、来なければいいのにタイミング悪く進藤が出先から帰って来てしまったりする。
「別に」 「あんまり綺麗だから自分で自分に見とれてた?」
なんかそういう神話があったよなと、器用にもネクタイを外しながらぼくにちゅっとキスをする。そんな彼の脳天気さに、溜息と共に苛立ちが涌いた。
「綺麗、綺麗っていつもキミは言うけれど、ぼくはちっとも綺麗なんかじゃないよ」
ごく普通の顔立ちだし、それも年を取って衰えて来ていると、言うつもりは無かったのに思わずそんな言葉がこぼれた。
「衰えるって何が?」 「何って、見てわからないか? キミは子どもの頃から馬鹿の一つ覚えのようにぼくのことを綺麗だの可愛いだの言うけれど、ぼくだってもうすぐ四十になるし、随分年を取って来ているよ」
なのにそれを直視もしないで、どうしてそんないい加減なことを言うのだと、言ってしまってから呆気にとられたような進藤にしまったと思った。
「なんだ、そんなこと気にして鏡見てたのか」
女々しいと、女じゃあるまいしと言われるかと思って顔を背ける。
「あのさ、おまえ確かにガキの頃とは顔が違って来てるよな」
でもそれは当たり前でおれだってそうだろうと言われて少し驚いた。
「キミが?」 「うん。おれだって四十になるんだもん、随分オッサンになったんじゃねーの?」 「いや? キミはちっとも変わらない。それは少しは年相応に落ち着いた部分もあるけれど、基本全く変わっていないよ」
なのにどうしてそんなことを言うのだとぼくの言葉に進藤は笑った。
「それ、その言葉そっくりそのまま返してやる。おまえ全然変わって無いよ。そりゃ少しは年取って変わるところもあるかもだけど基本は全然変わらない。相変わらず美人で綺麗で滅茶苦茶可愛い」 「でも、肌や髪や―」
全体的に何かが確かに変わっている。
「おれ…おかしいのかな? 例えばおまえに皺があったとしても、それをきっと凄く可愛いとしか思えないと思うんだ」
無い時も可愛かったけど、あるようになってもっと可愛くなったと、きっと自分は思うと言われ、どう返事をしていいのか解らなくなった。
「もう少しして、髪に白いものが混ざって来たとしても、たぶん綺麗だとしか思えない」
いつかもっと遠い将来、おまえがしわくちゃのじーさんになったとしても、きっと絶対綺麗だと思う。
綺麗で可愛いとしか思えないんだと、そして苦笑のように目を細めて笑った。
「おれって変態なんかな? きっと八十のおまえを見てもやっぱり絶対ヤリたいと思うよ」 「――馬鹿」
他に何も返すことが出来ない。
こんな馬鹿は見たことが無いと思った。
「安心した?」 「別に」
突っぱねて、でもその実ほっと安堵する自分が居る。
顔の美醜はどうでもいい。老いても若くても自分は自分。そう本心から思っているのに、それでも年を感じた今日、少なからずショックを受けたのは、老いる自分を進藤が愛し続けられるのだろうかと漠然と不安に思ったからだった。
「おまえ、きっと知的で可愛いじーさんになるだろうなあ」
和服が似合って、背筋がぴんと伸びたスゴイ美人のじーさんと、進藤は思い浮かべたのか嬉しそうにぼくを見て言う。
「キミも可愛いおじいさんになると思うよ」 「そう?」 「うん。九十になっても百になっても十代の頃と変わらない、悪戯盛りの悪ガキみたいなそんなお爺さんになると思う」 「まあ、そんなのも悪く無いな」
笑い合い、それからキスをして再び笑う。
「大丈夫。おれ『おまえ馬鹿』だから、何十年たっても何百年たってもきっと絶対おまえのことが大好きだから」
綺麗で美人でカワイイってきっと一生言うからさと笑われて知らず頬が赤く染まった。
『有り難い』
有ることが滅多に無い、有ることが奇跡のような――そんな馬鹿で尊い恋人。
彼と出会えてぼくは本当に幸せだと、きっかけになった手を見下ろしながらぼくは思い、やっと年を経ることの不安から解放されたのだった。
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ヒカルは本当にアキラがどんなに年をとっても、どんなに外見が変わってしまったとしても、ずっと綺麗で可愛いと思い続けると思う。
可愛いなあ、可愛いなあ、こんなに可愛い恋人で幸せだってきっと一生思っていると思う。
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