「面倒臭い」
帰って来てネクタイを外すなり、塔矢はぼそっと呟いてそのままソファに座り込んだ。
「何? お偉いじーさん達の話って何だった?」
そんなに面倒臭いことを言われたのかと尋ねたら、不機嫌そのままの顔で
「委員になることになった」と言った。 「へえ…何委員」
棋院も一応組織なので内部に色々な委員会がある。その一つに関わるよう言われたのだと思った。
「なんだか今年になってから出来る、新人を束ねて教育する委員会の責任者になって欲しいって言われた」
へー、おまえにぴったりじゃんと言いかけて、言ったら殺すと言わんばかりの目つきで睨まれて言葉を飲み込んだ。
「どうしてそんなに嫌そうなんだよ。おまえそういうの向いてそうじゃん」
クソ真面目で四角四面。品行方正で所謂委員長タイプだと思うのだけれど。
「ぼくが? 冗談じゃない」
塔矢は吐き捨てるように言うとそのまま怒濤のように喋り出した。
「人がどう思っているか知らないけれど、本来ぼくは非道く自己中心的な人間なんだ」
うん、まあそうだよなと、これも口に出したら殺されるので言葉では言わない。
「面倒なことはやりたくない大ざっぱな人間だから、学生の頃だって部活動も委員会も生徒会も何一つやらずに過ごして来たのに」
どうしてそれを今更やらなくてはならないのだとムッとした顔で言う。
「…それは、おまえが真面目そうだからじゃん?」
実際おれや和谷達と比べたら、塔矢は完璧なくらい人前に出して恥ずかしく無い『模範的な若手』と言っていいだろう。
「だからそれは思い込みだって言っているんだ。お父さんはそれこそ真面目で誠実な人だから色々な委員会にも属していたし、若手の教育にも熱心だった」
だから自宅を開放して研究会もやっていたのだけれど、あんなのはごめんだと塔矢は言い切ったのだった。
「ぼくはぼくだけのために時間を使いたい。人のために何かする時間があるなら一手でも多く打ちたいし、誰かと打ち合わせをしなくてはいけないんだったらその時間にキミと少しでも多く打ちたいと思う」 「あ、おれは特別なんだ」 「当たり前だろう」
キミはぼくの人生にもう組み込まれている。打つことと同義語でぼくにとって無くてはならないものなんだからと言われて少し、いやかなり嬉しくなる。
「なのにこれから少なくとも週に1度はその委員会のために集まれって言うし」
面倒だ、ああ面倒でたまらないといつまでもこぼしているのでとうとう言った。
「あのさぁ…」 「なんだ?」 「その委員って他に誰が居んの?」 「別に、他のメンバーはぼくが決めていいって言われているから」
それもまた面倒で困っているんだと言われて思わず笑った。
「だったらそれにおれも入れてよ」 「え?」 「おれもそのなんたら委員になる」
そうしたら一緒に居られるし、お前のフォローもしてやれるよと言った瞬間の塔矢の顔をおれは一生忘れ無い。
「……そんないい手が!」 「それにおまえが決めていいんだろう?だったら他のこともおまえの好きに進めていいってことになるんじゃん?」
それは考えようによっては上に通さず、全て自分の都合で采配してしまっていいということにもなるのではないか。
「他に芦原さんにも入って貰えば? 緒方先生は意地悪だけど発言力があるし、基本おまえの味方だから入って貰えば後々面倒が無くていいと思うし」
下っ端で動かしやすいのが欲しいんだったら岡と庄司を入れてしまってもいいし、若手仲間だったら幾らでもおれ自身が動かせる。
「前向きに考えろよ、おまえ頭イイんだからさ」
面倒を面倒で無いように無理矢理変えてしまえばいいんだと言ったら、更に驚いた顔をされた。
「キミに…そんなことを言われるとは思わなかった」
そうか、そうだね、そうしてみるよと、ぱあっと表情が明るくなって行く。
ホントこいつクソ真面目で、だから楽をすることなんて考えもしなかったんだろう。もしもおれが声をかけられたんだったら真っ先に役得で塔矢を側に置く所なのに。
(まあ、でも塔矢らしい)
面倒臭いのはおれも嫌いだし、打つ時間が減るのは嫌だ。でも塔矢と一緒なら別になんでもやったっていいと思う。
「…じーさん達、嫌な顔するだろうけどなあ」
誰よりもまず塔矢を手本に生活や服装を正して欲しいと思っていただろうおれに委員になられるのは碁界の重鎮たちにとってはたまらないことだろう。
更にそのおれの仲間達に好き勝手されるのは予想外のことだろう。
でもその嫌そうな顔を見るのも痛快だと思うので、自分の一生には無縁だと思っていた、組織という名の大きな歯車の中に、ここは一つ組み込まれてやろうかと思ったのだった。
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実際委員もあるそうですし、ヒカルやアキラも段々色々やらなくちゃいけないようになるんだろうなと。
アキラはもちろんそういうのに向いていると思われがちですが、でも実はやらなくていいなら何もしたくないと思っているだろうと思います。碁だけしたい。自己中です。 そして意外にもヒカルの方がそういうことに向いていて、人を動かすことも上手い。
そのうち二人で碁界を牛耳ってくれたらいいなと思います。
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