| 2010年11月19日(金) |
(SS)囲碁馬鹿デート |
何に腹が立ったのか解らないが、でもぱっと見た時、非道くムカっと腹が立った。
(ぼくとの約束を反故にしておいて)
急用が出来たからと言って断ったくせに、その彼は駅の近くのそれもかなり大きな窓が設えてあるカフェの、その道路に面した窓際で女の子と仲睦まじそうに携帯用の碁盤で打っていたからだ。
百歩譲って指導碁だとしてもいい。でもこんな時間にあんな場所でするものだろうか?
どう見てもあれは碁バカな恋人同士が人目も気にせずいちゃついているようにしか見えないでは無いか。
「…馬鹿にして」
ぼくと会う時はいつも碁会所か互いの家だ。希にあんな風に出先で携帯用の碁盤で打つこともあるけれど、そんな時進藤はわざと人目に付かない席を選んで座る。
それなのに、あの女の子と打つ時にはこんなにも人の目につく席を選んだ。それもまた腹が立った。
(要はぼくと居る所は見られたく無いけれど、あの子と居るのを見られる分には平気なんだ)
なんだそうか、そういうつもりか。だったらもう別に無理して会ってくれなくてもいいんだと、そこまで思考が内側を向いた時、ふとガラスの向こうで進藤が顔を上げた。
そうして人混みの中のぼくを見つけ、後ろめたそうにするのかと思ったら、ぱっと嬉しそうに笑ったのだった。
そしておいでおいでとぼくを手招く。
(この上間近で見せつけるつもりか)
どこまで無神経な男なんだと怒りのままにカフェに入り、まっすぐに席に歩いて行く。
「…こんばんは」 「良かった。おまえもこの近くに用があったんだな。見つけた時マボロシかと思った」
不機嫌丸出しの顔で接しても彼はまるで頓着しない。逆にぼくに出会ったことを予想外の嬉しいハプニングだとでも考えているようなのだ。
「で、何?」 「何って、せっかく会ったんだからさ」
おまえも打っていかねえ? と言われてむうっと口を噤む。
「別にこの後用事なんか無いんだろ?なんかぼけーっとこっち見てたもんな」 「ぼくは別に―」
怒鳴りつけてやろうかと思った瞬間に後ろからぽんと肩を叩かれた。
「こんばんは。塔矢くん」
えっと思って振り返ると進藤の幼馴染みがそこに居た。
「もしよかったら塔矢くんも打っていきませんか?」
ヒカルと違って忙しいだろうから、もし都合が悪いならいいんだけどと言われて少し毒気が抜けた。
「えーと…」 「実は今ね、葉瀬中囲碁部の同窓会みたいなものをやってるの」
遠くの大学に行っていた金子さん(誰?)が急にこっちに帰って来ることになってそれでみんなに招集をかけて、駅の近くで集まっているのだと、言われて改めて見回してみると本当に回りは皆同じように携帯用の碁盤を広げている者ばかりだった。
「ここ、友達がバイトしていて、こっち側の一画は貸し切りみたいにして貰ったから」
だから夜九時くらいまでは大丈夫なのと、言われたことをゆっくりと噛み砕いて、それから状況を把握した。
「ああ…はい。ぼくで良ければ」
促された席にとんと座り、そして名前も顔もよく知らない人達と打った。
ぱちり、ぱちりとレベルはそんなに高くは無いがそれでも囲碁部だっただけはあってそれなりに打つ。
気がつけばかなり集中して打って、そしてあっという間に解散になった。
「それじゃヒカルありがとう。塔矢くんもどうもありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて、東京駅までその金子という人を送って行く人達とその場で別れる人達とでばらけた。
ぼくはしばらくぼうっと突っ立って、それから傍らに居る進藤を見た。
「どうしてキミ、あんなに目立つ窓際に座っていたんだ」
藪から棒にと言われるかと思ったら、進藤は目を丸くしてそれから可笑しそうに笑った。
「へ? ああ。だって遅れてくるヤツもいるから看板代わりに座ってろってあかりが言うから」 「じゃあどうして、ぼくと打つ時にはいつも目立たないような席に座るんだ」 「そんなの―」
おまえとおれで窓際なんかに座って打ってみろよ、囲碁好きなじーさん達が寄って来ちゃうに決まっているからだろうと言われて鼻白んだ。
「そういう…理由」 「そうだよ。いつだったか前になんも考えずに座ったら、知らないじーさん達が寄って来ていきなり指導碁大会になっちゃったじゃん」
おれはおまえと会う時はゆっくり二人だけで会いたい。話をする時も打つ時も誰にも邪魔をされたく無いからと言われて不承不承納得した。
「そうか…悪かった。キミがそんなに色々気を回しているなんて考えたことも無かったから」 「あ? いきなり喧嘩売ってるのかおまえ」 「いや、そうじゃなくて…」
まだ最初に見た、切り取られたような窓の四角い景色が忘れられない。顔を突き合わせ嬉しそうに笑いながら打っていた二人は睦まじい恋人同士のようにしか見えなかったから。
「そうじゃなくて、何?」 「あ…うん。てっきりぼくはキミがぼくとの約束を反故にしてあの子とデートしていたのだと思ったから」
そこまでストレートに言うつもりは無かったのに、気が抜けたせいかするりと言葉が漏れてしまった。
「それであんな鬼みたいな顔してたのか!」 「鬼って…」 「ガラスの向こうからおれのこと刺し殺しそうな怖い目つきで睨んでた。てっきり自分も混ざりたいからなのかと思ったけど」
そーかー、そうだったのかと一人納得されて腹が立った。
「違う。キミが今何を考えているのか知らないけれど、それは絶対違うから」 「うん。まあ違くてもなんでもいいけどさ、考えてみ?」
どこの世界にデートで碁なんか打つ馬鹿がいるかよと、言われてゆっくりと首を傾げた。
「…一般的では無いんだろうか」 「ねーよ!」 「でも…ぼく達は打つよね?」 「そりゃ碁バカだもん」
碁バカの恋人同士なんだから、おれらはデートで打ってもいいのと、言い切られて思わず苦笑した。
「…そうか、碁バカの恋人同士か」 「なんだよ、違うのかよ」 「いや、そうだよ」
でもキミにそんなふうに口に出して言って貰ったことが無かったから安心したと言ったら進藤はじっとぼくの顔を見た。
「言ったこと無かったっけ?」 「無いね」 「本当に無かったっけ?」 「本当に無いね」 「―じゃあ打つか」 「え?」 「せっかく邪魔モンみんないなくなったんだし、もう一度この窓際に陣取って、通る奴らみんなに見せつけながら打とうか」 「また知らないおじいさん達が混ざって来るかもよ?」 「寄りつけねーくらいいちゃいちゃ打てばいいんじゃん」
それとも嫌?いつもどうりひっそりと打ちたいかと言われて、ぼくはゆっくり首を横に振った。
「窓際で」
窓際がいい。
普段なら絶対にそんなことを言ったりはしないのだけれど、少しばかりの焼き餅がまだぼくの胸の中にはあったから。
「うん、じゃあ行こう?」
進藤に手を差し伸べられてにっこりと笑う。これからがぼく達の『デート』の時間なのだった。
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デートって死語じゃないですか?どうなんですか? でも同じ死語でもアキラなら「逢引き」の方がいいですかね。
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