SS‐DIARY

2010年08月18日(水) (SS)男としての本能は


「たまにはこういうのを見て勉強しろ」

そう言って和谷にエロ雑誌の入った紙袋を渡された。

「えー? いらねーよ、おれ」
「そんなこと言ってるからオンナが出来ないんだろ」

おまえ悔しいけど結構人気あるんだから、それ見てそろそろお子様脱却しろと、余計なお世話だと思いつつ、あまりに断るのもなんなので仕方無くそれを受け取った。

一応見るだけ見て返すかとそれくらいの気持ちで居たのに、その後うっかりおれは塔矢に出くわしてしまったのだった。


「なんだ? 大荷物だな」

いつもデイパックのみで手ぶらな時もあるおれが紙袋なんか下げていたから気になったんだろう。物珍しそうに見詰められた。

「別に…そんな大した荷物じゃ無いじゃん」
「うん。それでもキミが一つ以上荷物を持っているのを初めて見たから」

何か買い物でもして来たのかと言われて説明するのもなんなので「まあね」と答えた。

「何? 本?」

詰碁集でも買ったのかと相変わらずの囲碁馬鹿ぶりの質問に苦笑して答えようとした時、思いがけないことが起こった。

いきなり持ち手が取れて、おれは紙袋を落としてしまったのだ。

「あっ」

気がついた時には紙袋は床に落ち、中身の本が口から斜めに滑り出した。

えげつない。

表紙を見ただけでもうそれが何かとはっきり解る本の数々に塔矢は一瞬固まって、それからゆっくりと腰を屈めると全ての本を拾ってくれた。

「―はい」

そしてそれをおれに渡すと、そのままくるりと背を向けた。

「それじゃ」

一瞥もくれず、短く言って去って行った。

その背中におれもまた凍ってしまって動けない。

(軽蔑された)

塔矢の顔は血の気が引いて真っ青になっていた。

表情は硬く、見開かれてから伏せられた瞼には苦痛のような色があった。

(よりによって!)

どうして塔矢に見られちゃったんだろう。

潔癖症のあいつのことだ、これを間違い無くおれの本だと思い、そして軽蔑したに違い無い。

こんな本を愛読していると思われたことがたまらなく辛かった。

「ちっ…くしょう」

和谷のお節介と今更ながら逆恨みをして、でも結局自分が悪いのだと思い返す。

(こんな本、借りなきゃよかった)

こんなもの借りなくたって、何をどうするのかなんておれだって知ってる。

オカズってヤツだって、そんなのいつもやっている。

もっともそれはこういうエロ本の類では無くて、相手を塔矢で考えて―だけれど。

(あ、もっと最低だ)

「どうする?…おれ」

追いかけて言って説明するか、これはおれのじゃない、おれはこういうのでは感じ無いって。

「おれが抜けるのはおまえだけ…なんて言えるかよ」

好きもまだ言って無い。もしかしたら一生言えないかもしれない。

「でもこのまんま、誤解されてるのも嫌だなあ…」

手の中の雑誌、えげつない表紙、大きく開かれた足とその間に見えるものにおれは全く感じ無い。

「…そう解っただけでもいいかぁ」

おれは苦笑して、エレベーターに乗り込むとまだ控え室に居る和谷に雑誌の束を押しつけるようにして返した。

「やっぱいいや、うん、もういい」

なんだよこれ、何がいいんだよと思い切り迷惑そうに言われたけれど聞く耳持たずで押し切った。

「とにかくおれ、いらないから、これ」

悪かったな、ごめんなと、そして再びエレベーターに乗り込んだ。

「さて」

どうするかなと携帯を出して、電話してみたらいきなり着信拒否された。

「…うわあ」

あいつ、思っていた以上に潔癖症だと苦く笑って電話を仕舞う。

「これはもう、直接会って話すしか無いよなあ」

たぶんきっと軽蔑まみれの視線で見られ、口もきいてもらえないとは思うけど。

「取りあえず、アレがおれので無いってことだけでも言って来なくちゃ」

そしてどうせもう思い切り軽蔑されているのだから、もう一つ軽蔑を重ねてもいい。

「いっそ―告白して来っか」

ゴメンナサイ、でも違う、おれが感じるのは、抜けるのは、この世でおまえただ一人デスと、自爆覚悟で言ってみようか。

「あいつ…どんな顔するかな」

でも何故だろう、その告白はエロ本を見られた時よりも冷たく扱われないような気がした。

「希望的観測ってヤツか?」

(まあ、それならそれで別にいい)

誤解されたままよりも少しはマシな気分だろうから、派手に玉砕してくるかとおれは塔矢の顔を思い浮かべ、待ってろよと呟いてから外に駆けだしたのだった。







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