久しぶりに実家に帰って、用事だけ済ませてすぐ帰るつもりが、なんとなく成り行きで庭の草むしりをすることになった。
「ヒカル、変わったわねぇ」
前は幾ら頼んでもやってくれなかったのに、やっぱり社会に出ると世間の厳しさが解って大人になるのかしらと、母親は上機嫌で買い物に行ってしまった。
一人残されたおれはじりじりと日の照る中で、黙々と雑草を抜き続けた。
「…そういえば」
ずっと昔、塔矢の家に行った時、あいつもこんなふうに草むしりをしていたなと思う。
うちと比べてあんな広い庭、大変だろうと思うのに文句の一つも言わず、綺麗な額に汗をびっしょり浮かべてやっていた。
『おれも手伝うよ』 『ありがとう』
正直助かると、あの時の笑顔は可愛かったなと思う。
『こんなに庭が広いんだから人に頼めばいいじゃん』 『でも、他人にはわからないこともあるから』
だから庭は任せられないと言って塔矢は草を抜き続けた。
『どういう意味?』 『別に意味なんかないけど』
なんでもかんでもただゴミのように抜かれてしまうのは嫌だからと言って、塔矢は苦笑のように笑った。
『そんなこと…抜かれてしまう方にとっては同じなのにね』
偽善なんだよと、でもそれから注意して見てみれば塔矢は抜く時小さく『ごめん』と呟いているのだった。
『ごめん』 『ごめんね』
こんなに元気よく生えていたのに抜いてしまって本当にごめんと。
もし他に奴がそんなことをしているのを見たらきっとおれは笑うだろう。それこそ偽善だとこき下ろしもしたかもしれない。
でも、塔矢のそれは違うと思った。本当に悪いと思って、抜くにしても礼を欠くこと無く抜こうとしているんだと思った。
それはそのままあいつの行き方にも通じているとおれは思った。
「まあ…確かに、こんなに元気良く伸びてんのにこっちの都合で抜かれたら嫌だろうなあ」
草には草の言い分がきっとある。
でも人には人の言い分と都合というものがあるので、おれ達はきっと謝るくらいしか出来ることが無い。
「ごめん。悪いな」
言いながら抜き続けて汗を拭った時、母親が買い物から帰って来た。
「あら、随分綺麗になったわねぇ」
もういいわよと言われて家の中に戻る。
「あのさ」 「何?」
出して貰ったカルピスを氷を揺らして飲みながら言う。
「…また、草が伸びたらむしりに来るから呼んでよ」 「あなた忙しいじゃないの」 「うん、忙しいけどさ、来られる時には来るから」 「あらぁ、槍でも降りそうね」
でもそれならお願いするわと言われて笑う。
それこそ猫の額ほどの狭い庭。そこに生えていたのは名前も知らない雑草だった。
(でも、精一杯生きてるんだからゴミのように扱っていいわけは無いよな)
あいつがそうするならおれもそうしよう。
全ての物に礼を尽くし、背筋を伸ばして生きて行こう。
まっすぐに正しく、世の中の全てに尊敬の念を持って。
「そうしたらおれも強くなれるかな?」
あいつに相応しい人間になれるだろうか?
いつも、いつでも、永遠に。
塔矢が居る限り、おれは正しく生きていける。
|