| 2010年07月19日(月) |
(SS)番‐つがい‐ |
グッズを新しく追加するということで、ある日事務室に呼び出されて扇子と筆を手渡された。
「なんでもいいから自分の好きな言葉や格言なんかを書いてくれるかな?」
いともあっさり言われたけれど、『なんでも』と言われると結構書けない。
同じようにして呼び出された進藤はしばらく悩んだ後に大きく『空』と一文字書いた。
「…へえ」
てっきり彼のことだから何か茶化したようなことを書くものだと思っていたので意外だった。
「へえってなんだよ、おれが書いたら悪いかよ」 「いや、結構まともなことを書くんだなと思って」 「一文字だけのがいいだろ。おれ、おまえみたいに字が上手く無いし」 「別にぼくだって字は特別上手く無い」
ぼくはむしろ、彼の字がとてものひのびしているのに快いなと思っていたのだ。
「おまえは何て書くんだよ」 「それが思いつかなくて」 「おまえって『有言実行』とか『謹厳実直』とか『質実剛健』とか書きそうだけど」 「そんな偉そうな言葉、書けるわけ無いだろう」 「だったら何て書くんだよ」
興味津々手元を見詰められて更に筆が動かない。
「なんならおれが代わりに書いてやろうか?」 「いや、いい。今思いついたから」
黒々と書かれた彼の字を見ていたら思い浮かんだ字があったのだ。
『海』
真っ白い扇子の真ん中に墨で一文字書いたら満足した。
「なんだよそれ、つまんねーの」 「キミのに合わせたんだ」 「おれのに?」 「うん。どこまでも広がる空に負けないくらい大きいものって言ったらやっぱり海だろうと思って」 「なんだよそれ、どこまで負けず嫌いなんだよ」
進藤は笑って、でも満更でも無さそうだった。
結局、あまりにシンプル過ぎて商品としては何だと言われ、無難な言葉に書き直しさせられてしまったのだけれど、その日書いた扇子をぼく達は互いに交換した。
彼の書いた『空』はぼくの手に、ぼくの書いた『海』は彼の手に。
共に、青く、青く、大きく広がる、上と下の永遠の番。
この日からぼくは前よりも更に、空を見るのが好きになった。
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