SS‐DIARY

2007年09月17日(月) (SS)明子の独り言


「はい、お母さんにそっくりの可愛い女のお子さんですよv」

そう看護師が間違えてしまうくらい、生まれたばかりの我が子は私によく似ていた。

よく女の子は父親に似、男の子は母親に似るというが、この子はミス白金台と呼ばれた私にうり二つだった。

(中身は別として、ボディの遺伝率は九十%以上だわ)

成長と共に顔が変ってくるのもまた子どもの常だったが、見守る限り我が子アキラは自分のアルバムと全く同じ成長を辿っている。
その分、中身は恐ろしい程に行洋さん似だったけれど、恐らくこのまま顔が行洋さん側に傾くことは無いだろう。

親戚筋に華奢で色白な色男の多い家系でもある「私側」。この美しさは極力崩さないように保たなければならない。

そのために食事は質を第一にバランスを考え、質素、カロリー控えめに徹底した。
味は二の次に、肌や髪に良いものばかりを食卓に出し続けた結果、(もちろん夫の健康維持のためもある)一人息子の美貌は輝くばかりになっていった。


「…このままで行けば、そう遠からず意中の方が出来るかもしれないわね」

良縁を得る為にも更に余分な物は排除しなければならない。

中学を卒業する直前、ほんのりと生えて来た髭を永久脱毛することを勧めたのもその一つだった。

「え?…でもぼくは女性ではありませんし」

親の言うことはなんでも素直に聞くアキラさんもこの時ばかりは少々困惑した表情を浮かべた。

「でもね、芦原さんや緒方さんを見ていてあなたも知っているでしょう? 棋士は身なりもきちんと保たなければならないのに、家に出入りしてい男の方達がどれだけひげ剃りに時間を割かれてしまっているか」

あの時間が無ければその分どれだけ囲碁のお勉強に割けると思う?と言ったら素直なあの子は手合い料を握りしめて私が紹介したエステサロンに向かったのだった。

「あ、ついでだから他の部分も脱毛していただきなさいね」

元々髪の毛以外の体毛が薄く、脇も下もうっすらとしか生えていず、腕や足に至っては無いんじゃないかと思うくらいつるつるだったけれど、この際だからとこっそり裏から手配して全身のむだ毛も徹底的に抜いて貰ったのだった。

その甲斐あってアキラさんは成人しても美しく、そこいらのお嬢さんなど足元にも及ばないくらいの美貌を保つようになった。

(うちの家系はあまり年も容貌に出ないから…)

このまま美人街道まっしぐらだわと思った頃にふと気がついた。
大切な大切な一人息子は、美しすぎてただ一つの縁談も来なくなってしまったからだ。

「もし何か良いお話しがありましたら…」

水を向けても「いやあ、アキラくんだと自分の方が見劣りしてしまうと皆さん、どこのお嬢さんも尻込みしてしまって」


……しまった。


やりすぎたと思った時には時既に遅く、息子は輝くばかりの美貌のまま三十路近くになろうとしていた。

本当にこのままでは生涯独身で過ごすことになりそうだわと、遊びに来た進藤さんについ今までの経過と共に愚痴をこぼしたら、黙ってじっと聞いていた進藤さんは話の最後になって私の手をぎゅっと握りしめたのだった。

「ありがとうゴザイマスっ! お義母さんっ!!」

これから後のあいつの美貌はおれが手合い料の全てをつぎ込んで保ちますのでと感極まった声で言われて、薄々もしかしてと思わないでも無かった事実にやっと気がついた。

「そう…そうなの」

まあ、塔矢家はこれで絶えてしまうかもしれないけれど、自慢の息子が美しいまま保たれるなら…。

(…まあ、いいか)

「じゃあアキラさんのことよろしくお願いしますね、進藤さん」
「はいっ、お義母さんっ!」

三十前でタイトルを既に三つ獲得。
年収も貯金もかなりあり、賃貸では無くマンションも非ローンで手に入れている。
聞けば噂ではこの先、囲碁界を背負って立つのはこの進藤さんとうちのアキラさんということで、だったら性別以外はかなりな良縁と言えるのでは無いだろうか。

(だったら)

「私のやり方は間違ってはいなかったってことよねぇ」

そう思うと私は自分の子育てが誇らしく思えて仕方なく、呆気にとられる進藤さんの前で高笑いがしばらく止らなかったのだった。

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いや…まあ冗談です。

アキラさんはミラクルなので髭は生えないんです。少なくとも私の中ではそういうことになってるんです。

でももしかして、(人間ですから)生えたとして、美醜のためにはエステになんか行かないだろうと思うのですが、「面倒くさい」「その分囲碁に時間を割ける」という合理性のためになら永久脱毛しそうだなと思いまして。

はい。私の中のアキラさんはそういう人でもあったりします。


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