| 2007年07月21日(土) |
55555番キリリク「断袖」 |
そんなものはいらないと一度は断ったのに、何日かしたらヒカルは澄ました顔をしてそれを買って来た。
「だってさー、ヤッた後っておまえそのまま動けなくなっちゃうけど、いくら布団をかけたって明け方には肌寒くなったりするし」
これなら肌触りがいいし、袖を通すだけでも随分違うだろうからと、ほんど押しつけるようにしてくれたのは光沢のあるミルク色をしたシルクのバスローブだった。
「…こんな贅沢なもの…洗濯だって面倒なのに」 「いいじゃん、そんな気難しく考えなくたって、ドライ専用の洗剤もあるし、なんだったらおれが洗ってもいいし」
本来面倒臭がりのヒカルがそこまで言うのは珍しく、そんなにまで着て欲しいのかと、アキラは仕方無く「じゃあ使わせてもらうよ」とため息まじりに答えたのだった。
けれどそれからシルクのバスローブは長い間使われることが無かった。
当たり前と言えば当たり前だけれど、実際コトが始まる時はいきなりということが多く、風呂に入ってバスローブを用意してさてそれからという順にはなかなかならないからだ。
始まってしまったらそれをわざわざクローゼットから取りに行くのも行為を白けさせるしで、結局お蔵に近い状態になってしまった。
それを初めて着ることになったのはたまたまその日、洗った洗濯物を仕舞っていたアキラがバスローブのことを思い出し、たまには使ってやらないと可哀想かなと風通しのために寝室に吊したからだった。
そして別にそんなつもりは全く無かったのにも関わらず、せっかくその気になってくれたのだからとそれを見て喜んだヒカルがアキラをそのまま有無を言わさずベッドに押し倒したからなのだった。
(まったく…まだシャワーも浴びていなかったのに)
困ったケダモノだと散々自分も応えておいて、全てコトが終わった後に、うたた寝から覚めたアキラはぼんやりとそう思った。
(バスローブだって別にそんなつもりじゃなかったのに)
シルク百%だし、仕舞いっぱなしにして黄ばんだりしては勿体無いという気持ちがあった。
そのうち…近いうちに袖を通す機会もあるだろうと、それくらいの気持ちだったのにそれを理由に欲情されるとは夢にも思わなかった。
(まあ…いいけど)
無理矢理でもなんでも、行為自体は気持ち良かった。
半ば強引にする時はヒカルはいつもの倍以上アキラを丁寧に扱うし、自分の快楽よりもアキラの快楽を優先する。
丁寧に足のつま先から髪の一筋に至るまで愛されて嫌な気持ちが起こるはずも無くアキラは実際いつもよりもずっと感じてしまったくらいだ。
(それに一応ちゃんと着せてくれたし)
終わった後、もうシャワーに立つ元気も無いアキラの体を簡単にタオルで拭うと、ヒカルは片手で引っ張るようにして吊したバスローブを取って、それをアキラに着せた。
不器用なヒカルらしく、紐は縦結びになっているし、きちんと結んでいないからしばらく眠ってしまった今では肩がはだけかかっているけれど、なるほど絹は肌に心地よく、素肌で寝ているよりは体が冷えることは無いということがよくわかった。
「毎回は面倒だけど、でも…なるべく使わせてもらうよ」
自分のすぐ隣で気持ち良さそうに寝息をたてているヒカルの髪をそっと撫でると、アキラはゆっくりと起きあがろうとした。
本当に、してそのまま気絶するように眠ってしまったので、喉が渇いて仕方無く、水でも飲んでこようと思ったからだ。
けれど途中でその動きは止まる。
(…あ)
ゆったりとしたバスローブの裾が完全にヒカルの体の下に入ってしまっていて、そのまま起きあがるとヒカルを揺り起こしてしまうことに気がついたからだった。
「…どうしよう」
喉は非道く渇いている。
けれどヒカルは起こしたく無い。
こんな葛藤も素肌で眠っていた今までには無いことで、なるほどこういう苦労があるならば、これからはベッドサイドに水差しも置かないといけないなとアキラは苦笑しつつ考えた。
(このまま眠ってしまってもいいけど)
アキラは今とても幸福な気分だった。
ヒカルに愛されて、そのヒカルが選んで着せてくれた肌心地の良いバスローブにくるまれて最高に嬉しい気分だった。
だからこそ乾いたまま眠って、その気分を台無しにされるのも嫌だと思った。
「…そうか」
簡単なことだったと、しばらく考えた後、アキラはゆっくりとまた横になると胸元でローブを結んでいる紐を解いた。
そして静かに片腕を袖から抜くと、次にもう片方もゆっくりと袖を抜き、そのままするりと脱ぎ落としてしまって裸でベッドから下り立ったのだった。
(これで大丈夫)
ヒカルはアキラが起きたことにも気づかず、安らかな寝息をたてている。
そして冷蔵庫の冷たい水を飲んでアキラが戻って来た時も同じようにバスローブの裾を体の下に敷き込んだまま気持ち良さそうに眠っていた。
「…気持ちの良い物をありがとう。おやすみ」
少しの間、愛する男の寝顔を眺めてからアキラはゆっくりとベッドに戻った。
一度脱ぎ捨ててしまったバスローブに再び腕を通すことは難しく、結局そのままヒカルの体に寄り添うようにして眠ったアキラは明け方の寒さに体が冷えて風邪をひいてしまった。
「…おまえ結構寝相が悪いんだなあ…」
おれが折角冷えないようにバスローブ着せてやったのにダメじゃんかと、何も知らないヒカルは咎めるようにアキラを軽く睨んだけれど、アキラは言い返すことも無く、ただ静かに微笑んでいた。
「でも変だよなあ、おれちゃんと紐を結んでおいたのに…」 「どうせ緩く結んでいたんだろう」
次からはもっと丁寧に結んで欲しいものだねと言うアキラの額にヒカルは口を尖らせながら熱冷ましのシートを貼り付けた。
「絶対ちゃんと結んだんだって!」 「うん、わかってる。わかっているから」
だから次もぜひキミが着せてくれと、あれはとても気持ちが良かったからと微笑まれてヒカルは赤くなって黙った。
「どっちが?」 「え?」 「気持ち良かったんってどっち?」 「さあ」
どっちだろうねと、ほんの少しだけ意地悪く、けれど限りなく優しく微笑みながら、アキラは結局最後まで素肌で眠っていた秘密をヒカルに打ち明けることはなく、ただそれを幸せな気持ちと共に胸の奥に仕舞いこんだのだった。
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55555番を踏まれましたしおりさんのリクエスト「断袖」です。 私、この言葉は知らなかったのですが、丁寧に説明していただきましてイメージが湧きました。あまりひねりも何も無い話ですが、気に入っていただけたなら嬉しいです。
これ、ヒカルバージョンで書いても楽しいなあと思いました(^^)
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