SS‐DIARY

2007年07月11日(水) ディスコミュニケーション


ぼくは小さい頃から大人に囲まれて暮らして来たので、今ひとつ同年代の棋士達と話が合わない。

彼らの話題はわからないし、好む物もわからない。言葉に至っては同じ日本人かと思う程さっぱり意味がわからない。

別に友人が欲しいわけでは無かったし、それはそれでかまわないと思っていたけれど、進藤と付き合うようになり、その進藤を介して他の若手の集まりに混ざることが多くなった昨今、今のままではいけないような気がして来た。

(せめて進藤が話していることは理解できるようになりたい)


楽しそうに話をしているそれに相づちだけでも加われるようになりたいと、恥を忍んで打ち明けてみた。


「キミはバカにするかもしれないけれど、人とコミュニケーションをとることも大切だと思うようになったから」

最近の流行りの言葉を教えてくれと頼んだら、進藤は驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑って話してくれた。

「いいよ。別に流行りとかじゃないけど、よく使う言葉とか教えてやる」


おまえが他人に興味を持つようになったんだとしたら、ちょっとおれも嬉しいかもと、でもおれ以外とあんまり仲良くなったら嫌だなと少しばかりの焼き餅も妬かれてこそばゆいような気持ちになった。

「違うよ、キミと同じように話したいから」

キミが友達と楽しそうに話している輪の中に入りたかったから教わりたかったのだと、言ったら進藤は更に嬉しそうな顔になり、それからみっちりと徹夜でぼくに『彼が普段よく使う言葉』を教えてくれたのだった。




「…まあ最初はなかなか上手く使えないと思うから、家とか日常で少しずつ使って慣らしていけばいいと思う」
「わかった、やってみるよ」


そしてぼくは頭の中一杯に詰めた新しい知識をこぼさないように家に持って帰り、何度も口の中で復唱した。

「……キラ」

アキラと呼ばれていることに気がついたのは夕食の時だった。
食卓の向こうに座る父がさっきからずっと話しかけているのに考えに忙しくて気がつかなかったのだ。

「すみませんお父さん。ちょっと考えごとをしていて…」
「別にかまわないが最近のおまえは少したるんでいるのではないか? 浮ついている様子が伺えるし、もう少し身を入れて真剣に己と向き合わなければ」

良い碁は打てないと言われて、ぼくは今こそ進藤に教わった知識を披露する時だと思った。

「アキラ? 聞いているのか?」

じっと見つめる父の顔をまっすぐに見つめ返しながら、ぼくは今の心情に合っていて、最も簡単な言葉を口にしてみることにした。

「アキラ? どうして黙っているんだ」




「…ウザイ」


ぼくももう小さな子どもでは無いのだからお父さんもそんなにうるさく言わないでくださいと、一気に言ったぼくは、彼に教えて貰った言葉を適切な時に使えたと大満足だったのだけれど、何故かそれから一週間、父は寝込んでしまったのだった。


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パパかわいそう…。どちらも免疫が無い故の不幸だと思ってください。


タイトルは好きな漫画からお借りしたものです。直訳すると「相互不理解」。



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