一度、色々「見える」という人が家に来たことがある。
もちろん本人が吹聴していたわけではなく、一緒に来た彼の友人が彼をそう紹介したのである。
「…え?見えるって?」 「まあ…色々」
それきり口を濁してあまり喋らなかったのでこちらも追求することは無く、そのまま普通に研究会になったのだけれど、一通り打って検討もして食事でもするかとなった時にその彼が何故か外食がいいと言い張ったのだった。
「?別にいいけど」
幸いぼくと進藤が住むマンションは周りに結構飲食店がある。
だから買って来て食べることもあれば外食することもあるのでさして疑問にも思わずに皆で外食しに出かけたのだが、食べて戻るその道の途中でその彼がぼくと進藤を呼んで、そっと小さな声で言ったのだった。
「すんません、我が儘言って。でもどうしてもあそこでフツーにメシとか食えなくて」 「何で? そんなに汚くしていたつもりも無いんだけどな」
ぼくはそうでも無かったのだけれど、進藤は少しむっとしたらしく口を尖らせて尋ねた。
「なんかあの部屋マズかった?」 「あ……いえ、その……本当は黙っているのがエチケットだと思いますが、それじゃおれ覗きみたいだから」 「???」 「おれ、さっきあいつが言ったみたいに『見える』んデスよ」 「え?」 「人の心ん中とかはわからないけど、色々人に見えないものが見えたりする」
特に強い意識とか込められた想いとか強烈な感情や印象などはまるで写真のようにその場所で見えてしまうことがあると。
「えー……と?つまりそれって…」 「すみません。本当に見るつもりなんか無かったんですけど見えちゃって。でももちろん誰にも口外するつもりなんかありませんから」 「えー?うわっ…」
進藤は額に手を当てるとそのままみるみる赤くなった。
「え……なに?」 「だからつまりこいつ、見ちゃったんだって。おれらがあの部屋でヤッてること」
言われた意味を納得するまでに随分時間がかかった。
「えっ?それってつまり…」 「そうだよ!」
ぼく達は寝室だけでは無く、台所やリビングで愛し合うこともある。それを彼は見てしまったというのだ。
「すみません」
ぺこりと頭を下げられて、でも別に相手が悪いわけでは無いので責めることも出来ない。
「あ……いや、こっちこそ大変な失礼を」 「悪かった、結構あからさまにスゴいよな?」
確かにそんな野郎同士が抱き合っているシーンを見ながらメシなんか食いたく無いよなと進藤は先程のむっとした表情から一転して申し訳なさそうな顔になった。
「それってこれからもずっと見える?」 「さあ……時間が経てば薄くなるかもしれませんが」
上書きされればもちろんそれも見えるということだ。
「えーと、取りあえず寝室以外でスルのはやめて、研究会も当分はうち以外でヤルことにする」
もしかしたらおまえみたいに見えるヤツが他にも居るかもしんないもんなと、進藤は言ってそれからふと思いついたように言った。
「あのさ……色々見えるってさ、もしかしてユーレイみたいなもんも見える?」 「はあ…時と場合によっては」 「あの……おれさ……」
進藤は彼に何か尋ねかけて、でも途中で言葉を飲み込んでしまった。
「いや、いい。なんでもないんだ」 「……進藤?」
尋ねたいなら尋ねればいいのに、もしかしてぼくが居るからそれが出来ないのでは無いかと側を離れようとしたらぎゅっと腕を掴まれた。
「あ、ごめん。違うから塔矢。そういうことじゃないから」 「いいんですか? 何か見て欲しいものでもあるなら見ますけど」
彼の言葉にも慌てたように手を横に振る。
「いい、いいんだ。ほんと」
会える時にはきっと会えると思うからと、言って進藤は彼が見るというのを断った。
「それよかさ、さっきの話で行くとこのまま部屋に戻ったらまたおまえ見るんじゃねーの?」
おれたちが生々しくこー色々とヤッてるシーンを見てしまうんじゃないかと言ったら彼もさっと顔を赤く染めた。
「まあ…そういうことになりますね」 「このまま帰ってって言ったら怒るか?」 「進藤っ!」 「いや、だっておれが見られるんならいいけど、おまえのああいう所人に見られるのはおれ絶対に嫌」
だから悪いけどと進藤が言うのに相手も苦笑しつつでも怒らずに頷いた。
「最初からそのつもりです。急用が出来たってこのまま帰らせていただくつもりでした」
おれ自身、本人達を目の前にそれを見るのはキツいのでと、本当に世の中には色々な人がいるものだと思った。
「それより進藤さんって、おれの話聞いてもちっとも驚かないですね。塔矢さんもそうだけど、そういう人って珍しいです」 「ぼくはただ驚きすぎて思考がついていかなかっただけだよ」
進藤はじっと彼を見つめて、それから苦笑に近い笑みを浮かべた。
「おれは……うん、そうだな、あんまりそういうのは不思議じゃないんだ」
目に見えるものだけが全てでは無いって知っているからと、それは時々見せる彼の彼らしからぬ部分だった。
「じゃ、おれここで帰りますね」
途中、道の分岐で彼はそう言って別れた。
「悪いな、またな!」
手を振る進藤に手を振り返し、それから思い出したように振り返ると言った。
「部屋ではさっき言ったモノ以外見ませんでしたけど、今通りすがりの人に伝言頼まれたので」
きょとんと事情がわからず見守る皆の中で進藤だけがはっとしたように彼を見た。
「『大丈夫ですよ』って、それでわかります? それから『ヒカルにしては上出来です』って」
一瞬目を瞑り、それから目を見開いた彼の表情は子どものように泣き出しそうなそんな顔に見えた。
「うん、わかった。わかったってもしその人にまた会ったら言っておいて『よくわかったから』って」
そして彼は帰って行き、その後もう二度とぼくたちの研究会には来なかった。 心苦しいからと、別の場所で会った時にそう言っていた。
進藤があの日、誰からの伝言を受け取ったのかは知らないけれど、なんとなくぼくにはそれが誰だかわかるような気もする。
「見える」というそれが本当に真実なのかはわからないけれど、取りあえずぼくたちはその日以来、決して寝室以外で交わることをしなくなったのだった。
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だから何って話ですがすみません(−−;
成田美○子の漫画で「花より○花の如く」というのがありまして、その中に学ちゃんという「見える人」が出てくるんですよね。彼みたいな人がヒカアキの家に行ったらそりゃ大変だろうなあと思ってただそれだけで書いた話なんでした(汗)
…すごいと思うけどなあ……家中至る所で(ごほっ、げふっ)
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