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2007年01月23日(火) 9999番キリ番「想紅・おもいくれない」


彼の頬を叩いてしまったのは、内心の動揺を隠すためだった。

雪の日、いつものように二人で碁会所で打って、帰るその帰り道で唐突に抱きしめられたかと思ったら、次には唇を奪われていた。

キスをされた。
それもいきなり。

何を考える間も無く相手の体を押し退けると、そのまま手を振り上げて殴っていた。

ぱあんと、思っていたよりもずっと派手な音をたてて頬を張った手は、下ろした時にもまだ痛く痺れているかのようだった。

「なんでいきなり―」

こみ上げてくる怒りに身を震わせながら言う。

「どうしてこんな所でいきなりっ!」


彼はぼくを好きとも何とも言っていない。

それなのにいきなりこんなことをするなんてと思ったら腹が立って仕方無かった。

「殴らせろ!」

怒鳴りつけてもびくともしない。

「進藤っ、ぼくにキミを殴らせろ」

もう一度殴ろうと手を振り上げたら進藤にその手を押さえられてしまった。

「ぼくは……ぼくは怒っているんだ!」

だから殴らせろと、そう怒鳴りつけたら進藤はしばらく黙り、それからぽつりと「ごめん」と言った。

「今更謝られたって――」
「ごめん、おれが悪かった」

そう言って進藤はまだ振り上げたままの格好のぼくの手を口元に引き寄せると、そっと指にキスをしたのだった。

「何を―」
「痛むだろ、ごめん」

おまえをこんなに怒らせるつもりじゃなかったんだと、言って再び口づける、ぼくの指の付け根には擦り傷があって、見れば赤く血が滲んでいるのだった。

「いつの間に切れたんだろう…」

思わず怒りも忘れて呆然と眺めるのに進藤が傷を撫でるようにして言った。

「たぶんさっき殴った時におれの歯に指が当たったんだと思う、本当にごめんな」
「それは……別にいいけど……」
「おれなんとなく、なんの根拠も無くおまえもおれと同じ気持ちで居るような気がしててさ」

だからつい先走ってキスをしてしまったけれど、殴られても仕方の無い行為だったと、進藤は萎れたように俯いて言った。

「いきなり男にキスされたら怒るよな」
「別にぼくはそんな…」
「友達だと思ってたヤツにいきなり抱きしめられたら気色悪いよな?」

フツーに考えて、そんなことしたヤツのことは嫌いになるよなと、彼が言った瞬間、雪の上にぽたっと赤い色が落ちた。

一瞬、ぼくの切れた指から血が流れ落ちたのかと思ったけれど位置が違う。

血は彼の俯いた顔の真下に落ちていたのだ。


「キミ、口の中を切ったんじゃ…」


ぼくは思い切り怒りにまかせて彼の頬を打った。

ぼくの指が切れるくらいだから彼もまた口の中を傷つけていて当然だった。

「進藤、ちょっと見せてみて」
「さっきの返事聞かせてくれたら」

そうしたら見せると、言っている側からまたぽつと血が雪の上に落ちた。

「進藤っ!」
「おれ、おまえが好き。だからいきなりあんなことしちゃったけど、もしおまえもおれのこと好きでいてくれるなら…」

すごく嬉しいと、ぼくは彼が話すたび、雪の上に散る赤い色から目が離せなくなっていた。


ぼくの切れた指に滲んだ血と同じ赤い色。
あれはぼくの怒りでもあり、同時に揺れ動いた心でもあった。

ずっとずっと隠していた心をいきなり引きずり出されてしまったその動揺の色。

「好きだよ―ぼくもキミのことが」

切れた指と雪の上に落ちた血を交互に見つめながらぽつりと言う。

「ごめん、驚いて殴ってしまったけれど、ぼくもキミが―」

好きだと言う前に進藤がぱっと顔を上げ、いきなり飛びつくようにしてぼくを抱きしめた。

そして息をする間も与えず深くキスをする。

「好き、塔矢、好きっ!」

ずっとずっと大好きだったんだと叫ぶように言ってからぼくをまた再び貪る。

「ぼくも……好き」

キスとキスの合間、息継ぎのように顔を離してそれだけ言った。

「だからすごく嬉しかった」



きっと

ずっと

一生忘れられない。

大好きな人と思いがけず両思いになったこの日のキスは、錆のようにしょっぱい、赤い血の味がした。

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10000番のニアミス賞、9999番の三枝さんからのリクエストでした。

三枝さんのリクは、その月ごとの色の名前の中から好きなもので書いて欲しいというもので、どの月のどの色の名前も素敵で随分迷いました。

「想紅・おもいくれない」はその中でもぱっとイメージが浮かんだもので、これにさせていただきました。

色のお題というのも趣があっていいですね。三枝さん素敵なリクをありがとうございましたvv


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