| 2007年01月22日(月) |
10001番キリ番「満天の星空のもとで」 |
「キミが見たいって言ったんじゃないか」 「そうだけどおまえも見たいって言ったじゃん!」
真っ白に息を凍らせながらおれと塔矢は言い争いをしていた。
「なのにさっきから寒いのなんのって文句ばかりで」 「だって本当に寒いんだから仕方ないだろう」
冬の清んだ空に映る満天の星が見たい。 確かにそう最初に言ったのはおれだった。
仕事で行った囲碁イベントの休憩時間。置いてあった雑誌を何気なくめくっていたおれは美しい星空の写真に思わず手が止まった。
見開きのページ一杯を使ったそれは、近郊の山の上から撮ったもので、引き込まれる程深い黒に散らばる砂のように星が輝いていてとても美しかった。
(こんな星空…もうずっと見てないな)
「何? 何を見ているんだ?」
傍らからのぞき込んだ塔矢も写真を見るなりしばし黙り、それから「綺麗だね」とため息のように言った。
「おれ、こーゆー星空見たいかも」 「いいね、ぼくもたまにはちゃんとした星空が見たい」
それで見に行こうと決めたおれもおれなら、じゃあぼくも行こうかなと乗った塔矢も塔矢だと思う。
その翌日がたまたまオフだったこともあり、おれ達は深く考えもせずに仕事の帰り、まるで映画でも見に行くような軽いノリで地方へ向かう下り電車に飛び乗ってしまったのだった。
時間は思ったよりもかからなかった。
降りた駅の周辺も観光地ということもあって思っていたよりは栄えていて、でもいざ星を見ようとケーブルカーに乗った辺りから自分達の計画がいささか無謀だったことに気がついた。
なにしろ寒い。とにかく寒い。
もちろん冬用のスーツにコートもちゃんと着ているわけだが、そんなものではカバー出来ない程冬の山は寒かった。
そして少し考え見れば当然のことだが、ケーブルカーもバスも電車も何もかも、終わる時間が東京のそれとは比べものにはならない程早かったのだ。
最初は暢気に山の上から星を見ようなどと言っていたのがケーブルカーが五時半で終わりと聞いて星も現われないうちにそそくさと降りるはめになり、それじゃあ駅の近くで茶でも飲みながら暗くなるのを待っていようなどと甘いことを言っていたら店は皆ぱたぱたと閉まって行ってしまい、寒空の下放り出されるような形となった。
「まあ…観光地だから」 「そうだね、観光地だしね」
結局、駅のベンチに二人並んで座り、二時間に一本の上り電車が来るまでの間、星を眺めようということになったのだが、風は吹き抜けるは人の姿はほとんど無いわと、肉体的にも精神的にも非常に寒い事態になってしまったのだった。
「あー……寒い」 「仕方ないだろう、冬なんだし」 「それにしたってめっちゃ寒いじゃん。おまえなんでこんな寒いのにそんなじっとしてられんだよ」
黙って座っていることに耐えきれなくなり、その場で軽く足踏みしたらじろりと塔矢に睨まれてしまった。
「ぼくだって別に寒く無いわけじゃない。でも寒い寒いって言ったって仕方ないから黙っているんだ」
そもそもこんな所に来るのに、ちゃんとした防寒の用意もしないで来たのが間違えだったんだよと言われてカチンと来た。
「なんだよ、それ、おれが悪いってそう言いたいわけ?」 「別にそういうわけじゃないけど、キミはいつも後先何も考えずに行動するじゃないか」 「おまえだって来たいって言ったんじゃん」
おれは確かに考え無しだったかもしれないが、星を見たいと一緒に着いて来たのは塔矢自身なのだ。
「おまえだって結構迂闊じゃんか」 「何?」 「おまえも結構迂闊だって言ったの! おれがバカだと思うんなら、おまえが止めればいいじゃんか」
冬の山は寒いよと、もう少しきちんと計画立てて星を見に行きましょうと言えば良かったんじゃないかと言ったら塔矢の顔も険しくなった。
「それじゃキミはこうなったのはぼくの責任だって言うのか」 「そんなこと言ってないけど―」 「言った!どうしてそういう責任転嫁をするんだっ!」
そしておれと塔矢は寒風吹きすさぶ駅のベンチでしばらくの間醜く言い争いを続けてしまったのだった。
「まったく…」
散々言い合って争うタネも尽きた頃、ぐったりとうなだれていた塔矢が顔を上げた。
「まったくもう、なんでこんな所でこんなこと…」
どうしてぼくたちは言い争いをしているんだろうかと、言われておれもなんだか情けない気持ちになった。
「全く。なんでおれらこんな所まで来て喧嘩してんだろうなぁ」
そもそもなんでここに来たんだっけと尋ねられて星を見に来たんだろと投げやりに答える。
「なのにぼく達肝心の星を見ていないじゃないか」 「あ―――――」
言い争いを始めた時にはまだほんのりと西の空に薄く赤い色が残っていた。 それがいつの間にか辺りは漆黒の闇に落ちていた。
そして顔を上げたそこには――――あの写真で見たのと同じような星空が広がっていた。
「なんだもう―星出てんじゃん!」 「ずっと出てたんだよ。ぼく達が見ていなかっただけで」
ため息をついて、それから塔矢がおかしそうに笑った。
「この星空を見に来たのにね」
もう少しでそれすらも見逃してしまう所だったと、言ってからそっとおれの手を握って来た。
「キミの手…温かいね」 「ああ…うん。おれ体温高いんだよ」
ガキだからと言ったら塔矢は今度は苦笑のような笑いをこぼし、それからぴったりと体をくつけて来た。
「もしかしてこうすれば良かったんじゃないか? そうしたらちっとも寒く無かったし、つまらない喧嘩なんかしなくても済んだかも」
そして絡めた指をぎゅっと強く握られて思わず同じくらい強く握りかえす。
「そうだな、そうしたらもう少し…」 「もう少し何?」 「もう少し…」
恋人同士らしくロマンチックに星を見るってヤツが出来たかもと、顔を寄せてキスをしたら塔矢は驚いたような顔をして、それからみるみる赤くなった。
「せっかくおまえと星を見に来たってのに勿体無かった。もう少しで電車来ちゃうし」 「いや、今からでもまだ…まだ大丈夫だと思うけど」
電車が来るまでの間、ロマンチックに星を見ることは充分出来ると思うと、今度は塔矢の方からキスされておれの頬も赤くなった。
「結構…実行出来てる?」 「なにが?」 「ロマンチック」 「出来てるんじゃないかな」
出来ているといいなと思うよと、三度目のキスは同時にしようとしてお互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
まったくどうして最初からこうすることが出来なかったのか。
「キミ…冬の星座のこと少しは知っている?」 「いや、全然」 「だったらぼくが教えてあげるよ」
それもまた結構ロマンチックなものだからと、塔矢は言ってはにかむように笑い、それからおれ達は降るような満天の星空のもとで、互いの温もりを感じながら、やっと本来の意味での「星を見る」を楽しむことが出来たのだった。
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10000番のニアミス賞の10001番のありそんさんのリクエスト、「満天の星空のもとで」でした。
ありそんさんには他に二つリクの候補を頂いたのですが、これを使わせていただきました。
すみません色っぽいシーンは入りませんでしたが(汗)それでもって死語の世界になっていたりもしますが〜(滝汗)
素敵なリクを本当にありがとうございました。
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