SS‐DIARY

2007年01月19日(金) (SS)百年プリント2


その時実はぼくは偶然彼のすぐ側に居た。


「えー? 松山さん何で? おれは十年たっても二十年たっても全然気持ち変らないと思うけどな」


棋士同士の懇親会で、最初はかなり離れた所に座っていた。

それが場がほどけて皆てんでばらばらの所に座るようになり、気がついたら背中合わせに座っていたのだけれど、彼はぼくに気がついていなかったと思う。


「奥サンのこと好きで結婚したんでしょう? なのになんでヤらないでも平気なんですか?」


信じられない、おれには考えられないと、ざわつい場の中でそこだけぽんと耳に飛び込んで来て、それからぼくは気がつけば彼とその年上の棋士の話に耳を欹てていた。


「だってそんな新婚の頃ならまだしも、もう十年も経っちゃ向こうの腹も出てくるしさ、顔だって小じわが出てきてとてもじゃないけど女を感じないしね」


寝室も分けているし、もう半年はしていないかなと言うのにぼくも驚いたけれど、彼はもっと驚いたようだった。


「えー? そんなのおれ絶対無理だなあ、好きな相手だったら一日に三回くらいヤッたってまだ全然足りないけど」

「それは進藤くんがまだ若いからでしょ」


結婚して可愛かった相手が年老いてくたびれてくるのを見たら気持ちがわかるよと言われて彼は少し黙った後、でもおれにはわからないと言った。


「だって年を取るのは当たり前だし…。おれは皺が寄ってもどう変ってもきっと相手のことがずっと可愛く見えると思う」


年を取って皺が寄った顔もきっととても可愛いし、太っても禿げても例えば事故に遭って顔形が変ってしまったとしてもおれにはやはり相手のことが美しく見えると思うと、彼が誰を思い浮かべながら言っているのかよくわかってぼくは一人赤くなった。


「まあそれじゃ十年たったらその時にでもまた意見を聞かせてよ」


その頃にはきっと君も結婚していて、その結婚相手がくたびれて来ている頃だからと、先輩棋士は酔って少しろれつのまわらなくなった声で進藤に言った。


「そうしたらきっと進藤くんも、おれの言っていることがよっっっくわかっているはずだからさぁ」

「はいはい、わかりました。なんだったら五十年後でもいいですよ」


そして話は今度は別な棋士の噂話へと変って行ったのだけれど、ぼくは茹だったように赤くなったまましばらく身動きすることも出来なかった。

上手く酔っぱらいをあしらいながら、でもぼそっと彼が呟いた言葉が、真後ろにいるぼくの耳にだけはよく聞こえたからだ。


「わかるかっての、だって絶対に百年たったってあいつはおれにとって誰よりも可愛い」


ずっとずっと、可愛くて美しいままだからと、その言葉はぼくを痺れる程に幸せにした。



所構わず触れたがり、時に鬱陶しいくらいに求めてくる。

恥ずかしくて居たたまれなくなるくらい耳に愛の言葉を吹き込む彼は、たぶん本当に老人になってもぼくを求めてくれるのだろうと思ったからだ。

例えどんなに醜くなっても、例え世界中の誰もが見向きもしなくなったとしても、彼だけはきっと変らずぼくのことを愛し続ける。

可愛くて綺麗だと、何十年たっても言ってくれるのだろうと、そう思ったら自分でも驚くくらい嬉しくて、自分の恋人が彼であることがしみじみと幸せでたまらなかった。


(どうしてもう…キミは)


聞いた台詞を反芻して、自然に口元が緩んでしまう。


(どうして、そう、いつも…)

ぼくを幸せにしてくれるんだろうか。




恥ずかしくてとても後ろに居ることを知らせることは出来なかったけれど、そっと場を離れながら、ぼくは心の中で呟いていた。

ありがとう。

ぼくもきっと絶対に、百年たっても何があっても変らずにキミのことが大好きだよ――と。

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昨日の続き、アキラが実は聞いていました編です。アキラもヒカルが太っても禿げてもしわくちゃになっても、何十年たっても「進藤は格好良いなあ…」とぽーっとしてると思います。


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