| 2006年12月28日(木) |
5555番キリリク「恋愛写真」 |
恋愛写真
いつどこで誰が見るかもしれないのだから、携帯で写真は撮るな。 そう言っているのに、それでも進藤は時々ぼくの写真を撮った。
「いいじゃん、別に。すぐにパソに転送して消しちゃってんだから」
デジカメを持つ程じゃない。
でもその時々の一瞬の表情が勿体なくて撮らずにはいられないのだと、少し照れが入った顔で言われて嬉しかったけれど、でも撮るなとぼくは念を押して言ったのだった。
「転送するって言って、キミすぐに送らない時もあるし、もし誰かが見てぼくの写真ばかりだったら変に思うだろう」 「えー? だってそれはほら、宿命のライバルだし」
ライバルの写真持ってたっておかしくないだろうと言われて苦笑する。
「…志気を上げるには、随分緩んだ表情の写真ばかりじゃないか」
一度だけ撮ってすぐの写真を見せてもらったことがある。 ぼくは自分でも照れ臭くなる程に安心しきって幸せそうに笑っていた。
そうか、進藤と居る時は自分はこんな顔をしているのかと、それが面はゆく、同時に少し悔しくもあった。
「あんな顔のぼくばかり見ているなんて趣味が悪い」
キミはやっぱりすぐに全部今まで撮った写真を捨てるべきだと、言ったらあまりに情けない顔をしたのでぼくは「いいよ」と仕方なく言った。
「でも絶対に人には見せるな。携帯には残さずに全部パソコンに保管して人にはいじらせるな」 「はいはいはいはい、わかったよ」
充分注意して保管しますと、それからも彼は写真を撮りまくり、彼が密かに持っているぼくの写真は相当な数になるだろうと思われた。
彼が携帯からもパソコンからもぼくの写真を消したのは、つきあい始めて数年、深刻な別れ話が出た時だった。
ぼくも彼も感情的になり、汚い言葉で罵り合った。
あんなに一緒に居る時は幸せだったのに、本気で殺してやりたいと思ったくらいだった。
「もう金輪際キミの顔なんか見たくない」 「ああ…おれもだ」 「キミからもらったもの全て、明日にでも送るからぼくがあげたものも全部捨ててくれ」
キミが今まで撮ったぼくの写真も全部消してくれと言ったら彼はぎゅっと唇を引き結ぶとぼくを睨み付け、「そんなん」と言った。
「そんなんもうとっくの昔に全部消した」
もうパソコンにも携帯にもおまえの写真は一枚も残っていないよと言われて、自分で消せと言ったくせにぼくは裂かれる程に痛みを感じた。
そうか、彼は本当にもうぼくのことを見限ったのだと、もうこれで本当に終わりなのだと思った。
そして―――。
かなり際どい状態で本当に一度はきっぱりと別れたぼくたちは、何故かそれから色々な回り道を経て結局再びよりを戻した。
「あ、そのままこっち向くな」
今その斜め横向いてる顔がすごく綺麗だったからと、言って進藤は携帯でぼくの写真を撮った。
「…まったく、ぼくばかり撮ったって仕方ないじゃないか。どうせ撮るなら景色とか花とか…」 「見てる物の中でおまえが一番綺麗なんだから仕方ないだろ」
どういう言い分だと笑いながら、でもぼくは彼がぼくの写真を撮ることにどこかでひどくほっとしていた。
愛されている。
怒られても撮らずにはいられない程に彼はぼくを愛し、必要てしてくれているのだと写真を撮るという行為が愛情のバロメーターのように思えたからだ。
「…なんだよ」
以前のようにあからさまに顔をしかめず、携帯を向けられても顔を逸らさずにいたら、進藤が不思議そうな顔でぼくに言った。
「なんで嫌がらないん?」 「なんだ、嫌がって欲しかったのか?」 「んー、まあ、そんなことも無いんだけど、あんまり素直に撮らせてくれるとちょっとつまんないって言うか」
嫌がる顔も好きだったからさと言われて我が儘めと思った。
「いいよ、どうせ今だけなんだから。またキミのパソコンにぼくの写真が溜まる頃になったら嫌な顔で顔を背けてやる」 「溜まる頃?」 「全部消してしまったんだろう、今までのものは」 「あ、……ああ」
またいつか同じようなことになって消されてしまうかもしれないけれど、でも今、ぼくたちはまた付き合っているんだから少しくらい恋人に写真をくれてやってもいいと、ぼくの物言いに進藤は苦笑してそれから言った。
「消してないよ…全部」 「え?」 「余程消してやろうと思って、何度もそうしようとしたけどでもどうしても出来なかった」
おれが持っているおまえの写真は全部おれとおまえの愛し合った記録だからと、それを消すことだけはどうしても出来なかったと進藤は言ってぼくに携帯に保存してある写真を見せてくれた。
「携帯にはこれだけ。これはおれにはお守りみたいなもんだから」
それは付き合い始めた最初の頃、遊びに行った遊園地で笑っているぼくの写真だった。
行き着けない場所に、でも彼と行ったその喜びでぼくの顔は幸せにはちきれんばかりになっていた。
「…こん時初めておまえにキスした」
拒まれると思ったけど拒まれなかった。
例えいつかおまえと別れることがあったとしても、おれはおまえの写真を捨てるなんてことは出来ないよと、言われて涙が溢れ出すのを覚えた。
「バカだ…キミはこんな…」
あんなに非道い言葉で罵ったぼくの写真を捨てるこもせず、大切に持っていたなんて。
(ぼくは彼に貰ったものを全て捨ててしまったのに)
「今の顔…撮ってもいい?」
今おまえすごく可愛い顔してるからと言われて「冗談じゃない」と言いかけたぼくは、でもすぐに思い直した。
「……撮ったら大切に取っておく?」 「ん」 「喧嘩して、非道いことを言って、別れたとしても?」 「うん」
一生大切に死ぬまで持っていると言われてぼくは静かに頷いた。
「いいよ……撮っても」
涙で汚れたみっとも無い顔。
人にはとても見せられたものではないこんな顔を、けれど彼はきっと本当に大切に保管するんだろう。
いつまでも、いつまでも、本当に死ぬまで―――。
誰にも絶対に見せられない。
見せるつもりも無いだろうそのたくさんの写真は彼がぼくを愛しているその証なのだとそう思ったらたまらなく幸せで、泣いているのに顔が笑った。
そしてこの時撮られた泣き笑いのぼくの写真は、あの遊園地の写真と共にに永く彼の携帯に保存されることになったのだった。
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5555番のキリ番を踏んでくださったアッシュさんのリクエストで「恋愛写真」です。映画は見ていないので言葉からの連想で書かせていただきました。
ということで、今回も楽しく書かせていただきました。人からお題をいただくのは難しいけれど楽しいですね(^^)アッシュさん素敵なお題をありがとうございました〜♪
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