SS‐DIARY

2004年11月09日(火) (SS)Apple Crumble

買い物をするつもりでは無かったのに、ふと立ち寄ったスーパーでワゴンに盛られたりんごが、艶やかな紅でおいしそうで目が離せなくなった。

そういえば誰かさんは果物が苦手だったけれど、りんごは好きだったなと思った時には手が伸びて気がつけばたくさんカゴに放り込んでいた。

今、また二人とも忙しくなりつつあるし、寒くなってきた季節に、風邪を引かないように、とにかく彼にビタミンを摂らせたかったのだ。


カップラーメンが好きで、ハンバーガーが好きでフライドチキンが好き。

しかも最近は酒も結構飲むようになって、こんな食生活をしていたらそのうち進藤は成人病になってしまうのではないかと内心とても心配だったから。


「もっと野菜を食べろ」
「バランスよく食事を摂れ」
「果物もたまには―」

もはや口癖のようになっている言葉を思い出し、一人苦笑する。

ぼくは彼のお母さんではないし、彼の世話をする義務は無い。一人の人間として立派にとはいかないまでも生活している人間にいらぬ口を出すつもりも無い。

でも、それでも言いたくなってしまうのはぼくが彼を好きだから。


好きで好きでたまらなくて、こんなことを考えるのはおかしいのかもしれないけれど、誰よりも長生きして欲しいと思うからだ。

そのためだったら口うるさいと思われたってかまわないと、いつの間にかぼくは随分彼が好きになってしまったんだなあとしみじみと思った。

(いや、違うか)


最初からそのくらい好きなのだ。

他の人にだったら、例えその人がどんなに親しい人だとしてもぼくは言ったりしないから。


ずっとずっと元気でいて、ずっとずっとぼくの側にいてと。





りんごだけでやめておけばよかったのに、レジに行くまでの間に色々と特売品を見てしまい、結局ぼくは抱えきれないほどの大荷物を持ってスーパーを出るはめになってしまった。


「ティッシュは…やめておけばよかったかな」

牛肉の特売も台所洗剤も見ないふりをすれば良かったと、何よりも腕にずっしりと響くりんごの山に後悔しはじまった頃に、聞き慣れた声がした。


「なに?塔矢、なにそんなに買い込んできたんだよ」


ぼくより先に服を買いに行くと出かけて行った彼は、予想よりずっと早くに帰ってきたらしい。


「キミこそ…随分身軽じゃないか。秋物を買いに行ったんじゃなかったのか?」
「んー、そうなんだけど目的の店閉まってたから帰ってきた」
「閉まってたから?もっと他の店も見てくればよかったのに」
「いや、そこのジャケットだけが欲しかったからさ」

それが無いんなら意味ねーのと言いながら彼はぼくの横に並んだ。

「持つよ」
「いいよ」
「良くねーだろ、そんな荷物に埋もれるようにして歩いてるのに」

言って、ぼくが持っていた荷物をほとんどさらっていってしまった。

「半分でいいのに」
「んー、いや、だってこれなんかすげー重いし」
「だからだよ」

だから自分でも持つと言っているのにと、庇われるのは嫌いなのでそう言うと進藤はぼくの方を向いてにこっと笑った。

「いいじゃん、持たせとけよ」

だってこれ、全部おまえの愛だからおれが持ちたいんだもんと、言われてなんのことかわからなかった。

「なにバカなこと言って…」
「りんごだろ? においでわかる。おまえってさ、本当は柑橘系が好きなのに、おれのためにいつも酸っぱくないもの買ってくるのな」


重いのに、一人でしかもこんなにたくさんさと。


「や…安かったから」
「うん」
「本当に安かったからだってば」

本当は、買いすぎだとは自分でも思ったのだけれど。

「わかってるって。おれが好きなのが安かったから、だからたくさん食べさせたくてこんなに買ってきてくれたんだろ」

ありがとなと、ものすごく嬉しそうに笑われて、顔がかーっと赤く染まった。

「べ、別にっ、ぼくだってりんごは好きだし。こっ、この前芦原さんに簡単なりんごケーキの作り方を教えてもらったし」
「うん。りんごケーキもおれ好きー♪」

ああ、もう墓穴だと、思って更に顔が赤くなるのを進藤はただひたすらに幸せそうに眺めている。

「あ、余ったらジュースにして飲んでもいいし」
「ああ、美味いよな。おまえんとこジューサーあるし」


帰ったらご褒美にいつだったか作ってくれた、ほうれんそうとか色々入ってるやつをまた作ってよとねだるように言うので、「不味いと言っていたくせに」と言い返してやった。

ほうれんそうとセロリとにんじんにりんご。疲れていると言った彼につい、体にいいものをと野菜ばかり多いジュースを飲ませたら、ものすごい顔をして飲み干したのだけれど。

「んー、確かにあれ不味かったんだけどさ、よくよく考えたら体には良さそうだなって」
「また…調子のいい」
「いや、マジだって。あれもさ、慣れればおいしいような気もするし」

とにかくおれ、最近はちょっと食生活を見直してんのと言われて、雹でも降るのでは無いかと思った。


「それはまた…珍しい」
「だってさ、こんなにおれのこと愛して、心配してくれてる人がいるんだから、ちょっとは自分でも気をつけないと」


おれ長生きして、ずっと一生おまえを大事にするつもりなんだと言われて恥ずかしさのあまり返事が出来なかった。


「なあ、おれ偉い?」

茹でたように赤くなったぼくに、進藤は屈託なく聞いてくる。

「なあなあ、偉いって褒めてよ」
「りんご―」
「ん?」
「だったらりんご以外も食べられるようにならないと」


キミは結構好き嫌いがあるからと、そう言ったら進藤は途端に拗ねたような顔になった。

「ちぇーっ、わかりました。なんだよう、ちょっとは褒めてくれてもいいのに」


褒めてるよ。

心の中では褒めちぎっているよと。


思いながらも、とてもそんなことは言えなくて、でも家に帰ったらリクエスト通り野菜ジュースを作って、甘く飲みやすくなるようにりんごをたくさん入れてやろうとぼくは赤い顔で俯きながらそう思ったのだった。



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神様にこの人をぼくにくださってありがとうございますと、そう言いたくなるような、そんな出来事でした。という話です。なんのこっちゃ

あ、タイトルはリンゴの焼き菓子の名前です。話にはなんの関係もありませんがなんとなく響きが好きで(笑)


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