SS‐DIARY

2004年11月03日(水) (SS)Get Wild

へらへらとした印象があるらしく、おれは結構飲み会やら宴会やらに呼ばれる。

若手の集まりにも引く手あまたで、でも別に人気があるからとか、年配者に可愛がられているとかいうことではなくて、扱いやすいということなんだろう。

男同士でも女が多くても適当に話を合わせられるし、ジジイの文句にも顔だけはにこやかに聞き流すことが出来るから。


軽いとか、いい加減とか人を呼びつける割に皆適当なことを言ってくれるけれど、別におれ自身はどうでもいいことだと思っていた。

酒は楽しければいいし、多少の嫌みや嫌がらせの類は酒のつまみみたいなもんだと思えばいい。

おれは飲むのは好きだし、ジジイの集まりもまるっきりプラスにならないことは無い。
ふとした折りに過去の対局やおもしろい話を聞かせてもらえるのでそれが楽しみで行っていたりする所もあるのだ。


ただ、塔矢だけはそれを怒るのだった。

「まったく、キミはいいように使われて。みんなキミの何も知らないくせにいかにもキミがいい加減なように言う」
「いや、でもおれ実際いい加減だし」

おれのことなのに自分に言われるよりも怒るので、おれはこんな時いつも嬉しくなってしまう。

「とにかく、あんまり自分を安売りするな」
「へいへいへいへい」

でもまあ、人畜無害と思われているのにもいいことはあるのだ。みんな気安く情報を漏らすし、今時の礼儀知らずのバカ者だと言われているのも行儀良くしなくていいからいい。

誰に何を言われても、大切なのはそんなことじゃないから。

(それに誰がなんて言っても、あいつはおれのこと買ってくれてるもんな)

だったらそれだけでいい。
それで十分と思うのだ。



思っていたの―だが。




ある日の飲み会で、もういい加減吹くほど飲まされた所で、ふとおれは聞き慣れた名前を聞いた。

二十人ほどの飲み会。いつの間にかばらけた座の反対側のテーブルの角で誰かが塔矢の話をしているのだ。

別にさして珍しいことでは無く、目立つ存在であるだけに、老い若いに関係なく、あいつの話題はよく出てくるのだが、今日のそれはいつものとは少し違っていた。

あいつが、緒方十段のお手つきであるという、くだらなくも非道く下世話な話をどうやらしているようなのだ。

「いや、だってさ一柳先生に飲みに連れて行ってもらった時に言ってたんだよ、塔矢のせがれはアレだからって」
「あー、あいつ女みたいだもんなあ」

緒方先生はあいつの親父の門下だし、生まれる前から家に出入りしていたそうだし、親しいと言えば確かに親しい。

女遊びは激しいものの、一向に身を固める気配が無い緒方先生と、女受けがいいくせに浮いた噂の一つも無いあいつは、格好のネタになったらしい。

「なんかさ、空いた対局室でヤってたって言うぜ?」
「あいつがひーひー言う声が聞こえたって記録係のやつがさぁ」

おれがあいつと親しいと知っているくせによく言うなこいつらと思っていたらふいに話をふられた。

「なあ、進藤。あいつマジでそう?」
「知らない。っつーか、んなわけないじゃん」


本当ははらわた煮えくりかえりそうだったけれど、荒立ててもなんだと流そうとした。

「えー?だっていかにもカマっぽいじゃんか」
「あいつ別にカマっぽくなんかないよ。顔は確かに綺麗だけど、そこらの下手な野郎より男らしいと思うし」
「またまたあ、ダチだからって隠さなくてもいいんだぜ」
「隠してなんかいねーって」

要は何がなんでもそういう方に持って行きたいのだなと、酔っぱらいは本当にしょうがないと思いつつ、いい加減うぜえとつぶやきながらおれは怒りを紛らわすために、ただひたすらにビールを飲んだ。


後五分、後五分したら抜けてとっとと帰ろうとそう思った時、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。


「なー、試しに今度あいつヤってみっか?」
「おう、いいじゃん。何か口実つけて一人だけ残してさ」
「いっつも取り澄ました顔してやがるから、輪姦してやったらすっとするだろうなぁ」

しっ、進藤が聞いてるからと、でもすぐに別の声が遮った。

「大丈夫、大丈夫、あんな酔ってちゃ聞こえて無いって」

聞こえたとしても、こっちのが人数多いんだからと、実際その頃のおれは真っ赤な顔でへべれけで、とろんとした顔でグラスを持っていた。

「あんなカッコばっかのヤツ恐くなんかないって」


かなり酔ってもいたけれど―。


「おい―」


半分寝ているものと思っていたおれがいきなり立ち上がり、大声で怒鳴ったので、まわりにいたヤツらは皆驚いたような顔をした。

「なんだ、進藤、寝ぼけたのか?」
「いや…」
「びっくりさせんなよ、吐くんならトイレに―」

言いかけたヤツはおれがテーブル脇に置いてあった一升瓶を掴んだので言葉途中で口を閉ざした。

もう中身は入っていないけれど、瓶だけで十分重い。

その瓶を肩に担ぐように振り上げるとおれはまっすぐにテーブルの角に行った。

「ん?しんど…」

なんだ? なんか用かと尋ねられのを無視して、噂話をしていた中の一番手前にいたヤツの背中を足で思い切り蹴る。

「わっ、何すんだっ!」

叫んで数人立ち上がりかけたその真ん前で、おれは何も言わずに一升瓶をテーブルに叩きつけた。

ガシャーンと派手な音がしてガラスが飛び散る中、噂をしていた全員を捕まえて、一人一人頬に拳を叩き込んだ。

ふいをつかれたのと、酔っていたのとでほぼ全員無抵抗で、何があったかもよくわかっていないようだった。

「…な、なにす…」
「さっき、なんかなあ、くだらねぇこと言ってたみてぇだけど、もしマジでやったりしたらこんなもんじゃ済まねぇぞ」

よろよろと立ち上がるのを睨みつける。

「もしも、あいつになんかしたら全員、血反吐吐くまで殴ってやるから」
「って…なんの」

この期に及んでしらばっくれようとするバカがいたので、近くにあった大皿で頭を持ち上げたらもう誰も何も言わなくなった。

「ちょ…進藤…」
「いいな、わかったな!」

念を押すようにテーブルを蹴りあげると、はいと、蚊の鳴くような声で誰かが言った。

事情がわかった者もわからない者も、皆凍ったようにおれを見ていた。

「お客様」

カウンターの向こうから店員がやって来るのを同じよう睨みつけるとおれはひっかけてあった上着を取って座敷から降りた。

「お客様、店内での喧嘩は―」

確かめて見ると財布の中には万札が二枚入っていたので、それを言いかける胸元に押しつけるようにする。

「これで足りない分はあいつらが払うって言ってっから」

何十万でも搾り取ってやってと、それだけ言って店を出る。誰か追ってくるかなと思ったけれど、誰も追っては来なかった。



「なんだ…口ほどにも無いヤツらだなあ」

出てしばらく歩くうち、だんだんと笑いがこみあげてきた。

「…あいつら、ひでーバカ面してたなあ」


ざまあみろ、人のこと甘く見て阿呆なこと言ってるからああいう目にあうんだ。

(よりによって人の一番大事なものに手ぇ出そうとするから)


もしも懲りずにバカなことを言うようなら、今度こそあばらの数本でも折ってやろうと、そんなことを思いながらおれは携帯を取り出すとあいつに電話をかけた。

「あ、塔矢? ん、なんでもないんだけど、ちょっとおまえの声聞きたくなって―」






かなり派手にやったから、もしかしたら警察沙汰になるかもしれないなと思ったにも関わらず、何故か居酒屋での一件は呼び出しも受けず、噂にもならなかった。

「最近、キミの周りは静かだね」

あいつが気がついて言うくらい、和谷以外からの誘いというものは無くなっていた。

「んー?そうかな」
「そうだよ。この頃飲みに行ったりしないじゃないか」
「いいじゃん、その代わりおまえといる時間増えたんだし」
「それはそうだけど」

腑に落ちない顔で首を傾げるあいつが愛しい。


「もしかしてイジメにあっているのか?」
「まさか」

おまえじゃあるまいしと言うと後ろ頭をどつかれた。

(どっちかっていうとおれのがイジメたことになんのかな)


「単にみんな忙しくなったんだろ。予選始まったし」
「うん…まあそうだけど」


行き会い、目が合うと皆がそらす。

おれ自身は別にちっとも変わってないのだけれど、皆、怖じ気づいてしまったのだろう。

老いも若いも―。

あれ以来、おれを飲みに誘うものは誰一人いなくなったのだった。


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へらへらとしているヒカルは実はそういうふりをしているだけで酒も喧嘩もめっぽう強く、怒らすと誰よりも恐いのでしたと、そういう話です。

本当はもっと恐く書きたかったのですが、あんまり恐くなりませんでした。
残念。


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