久しぶりに晴れたからと開けていた窓を夜暗くなってからようやく閉めた。
涼しくて気持ちがいいと、思っていたのは三時頃までで、それを過ぎたら涼しいを通り越していきなり寒くなった。
「…こっちでこんなに寒いんだから向こうはもっと寒いんだろうな」
カーテンを閉める前、ふと見た空の満月の冴え冴えしさに、冬が近いんだなとそう思った。
「ざまを見ろ、人の言うことを聞かないから」
振り返った先にあるのはハンガーに吊された少しだけ生地の厚いシャツ。
ウールで肌触りのいいこのシャツは去年の誕生日に自分が進藤にプレゼントしたものだった。
「気に入ってるって言ってたくせに」
一泊二日で温泉地での仕事に行くことになった進藤に持って行けと言ったら進藤は嫌だと言ったのだった。
『だってそれまるっきり冬物じゃん』 『まだそんなに寒く無いし』 『荷物になるから嫌だ』
しまいには『おれ若いから大丈夫』などとふざけたことを言っていたっけ。
(あの温泉地の先に何があるかちょっと考えてみればわかることなのに)
地図ではほんの数センチの距離で、それはキロ数にしたらそこそこはあるが、そびえているのは日本アルプスなのだ。
夏場でも朝夕はかなり冷え込む有数の避暑地に、都会の秋仕様の服装で行くなんて本当にバカだとそう思う。
(どうしてああ、人の言うことを聞かないんだろう)
すったもんだの押し問答の末に、結局振り切るようにして進藤は行ってしまったけれど、今頃震えているのでは無いかと思う。
『レセプションの時はスーツだし』 『宿に行ったらどうせ浴衣だし』
だったら下着ぐらい厚手のを持って行けと言ったのにそれも聞く耳持たなかった。
格好悪いと、一緒に行く同年代の友人の目を気にしているのは明かで、でもそんな見栄など張らなければいいのにとため息が出る。
「…風邪ひいたって知らないぞ」
柔らかな手触りのシャツに触れながらぽつりとつぶやく。
「熱が出たって看病なんか絶対にしてやらないんだからな」
キミはいつも自分勝手でぼくの言うことなんか全然聞かなくて―。
(なのにぼくをこんなに心配させるんだから)
「バカだ」
バカでバカで、でも―。 悔しいけれど大好きだとそう思った。
「進藤…」
吊されたシャツに顔を寄せると、まだ腕を通していないはずなのにふわりと進藤の肌の匂いがしたような気がした。
「早く…帰って来い」
早く
早く
巣から落ちた雛みたいに凍えて、震えて帰ってくればいい。
(ごめんて謝っても…許してなんかやらないけど)
でも、代わりに温めてあげるから。 腕の中に抱き込んで、一晩中、ぼくでキミを温めてあげるから。
「―だから」
早く帰って来いと、ぼくはいない恋人のことを想いながらそっとシャツを抱きしめたのだった。
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寒い秋の夜に一人留守番のアキラさんです。 ヒカルは和谷くんや後輩たちへの見栄があるので着ぶくれにはなりたくなかったわけです。
良妻の言うことを聞かなかったバカ亭主は予想通り風邪をひいて、アキラさんに抱きしめの刑を受けるものと思われます。
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