| 2004年10月12日(火) |
(SS)パパがライバル6(番外・ヒカル母編) |
男の子を産んだからには、いつか来るものと覚悟していた。
『母さんおれ最近、気になる子がいるんだけど』
いくらかわいくても所詮子どもは子ども、いつか可愛い恋人を見つけて離れていくものだと、だからいつその日が来ても慌てないように心の準備をしておこうとずっと思ってきた。
世間様でよく聞くような親離れ出来ない子、子離れ出来ない親と言った親子関係には絶対なりたくなかったからだ。
子どものことばかりにならないように夫婦で出かける時間を必ず作った。 近所とも親しく付き合い、学生時代からの友人とも繋がりを絶たなかった。
学校に上がるようになってからはパートにも出て、その先で出来た友人とフラワーアレンジメントの教室に通ったりするようにもなった。
夫婦仲は万全。 趣味もある。
もうこれでいつ「好きな子」が出来ても大丈夫。どんな子を連れて来ても醜い母親の嫉妬で意地悪をしたりしないわよ〜。
と
思って幾年月。残念ながら、未だに心構えを実戦する機会には恵まれていないのだった。
有り難いことなのかどうなのかわからないが、ヒカルはとにかく色恋沙汰にとんと縁のない子どもだったのだ。
ませた子だと、もう幼稚園から「婚約」とか「結婚の約束」などをしているというのに、その頃あの子がしていたことと言ったら、同じような悪たれと徒党を組んで園で飼っているアヒルを襲撃したり、脱走したりと、そんなことばっかりで、女の子のことなどまるっきり目に入っていなかった。
それは小学校に入ってからも同じで、たまにバレンタインにチョコをもらって来ることもあったけれど、ヒカルにとってそれは「甘い菓子をもらえるウレシイ日」というだけの認識で、だから当然ホワイトデーにお返しなどしたことも無かった。
「ヒカル、これくれたのってどんな子なの?」
水を向けても「えー?…女」というようなまったくもっておもしろみが無いというか精神年齢が幼い子どもだったのだった。
(まあ…あんまり小さいうちから好きだの嫌いだのと色ぼけていても困るし)
そういうのは中学で十分と、そんなことを思っていたら何やら囲碁など初めてしまい、ヒカルは前以上に色恋沙汰と縁がなくなってしまったのだった。
いっくらなんでもこの年まで、気になる女の子の一人もいないというのは異常なんじゃないだろうか?
毎日毎日部屋に閉じこもり、ぱちりぱちりと石を並べている。 真剣なのはいいのだけれど、普通このくらいの年になると性への興味も出てくるはずなのに、これで本当にいいのだろうかと。
息子に恋人を連れて来られることを恐れつつも、あまりにその気配が無いと逆に心配になるものだということを初めて知った。
(でも…あかりちゃんがいるし)
ヒカルには幼稚園の時から十年近く一緒の幼なじみがいる。どうやら彼女もヒカルのことを憎からず思っているらしいし、だったらいつかあかりちゃんがヒカルの恋人になるかもしれない。
(あの子は素直だし、かわいいし)
いきなり会ったことも無い同級生を連れて来られるよりは小さい頃から顔も性格もよく知っているあの子がヒカルの「好きな人」になってくれた方がずっといいと思った。
(お母さんもいい人だし、お付き合いが楽でいいわぁ)
あの子だったら心の準備なんかしなくても絶対に意地悪な姑になんかならないわぁと無駄な努力をしちゃったわねぇと気の早いことを思ったりもしたのだった。
それが―。
「あのね、あの子、最近お付き合いしてしいる人がいるみたいなの」
中学を卒業して半年ばかりたった所でそう彼女の母親に聞かされて、驚愕してしまった。
(ひ、ヒカルは?) (あかりちゃんヒカルはー??????)
逃げられたと、やっぱり高校にも行かないような男は嫌だったのかと少なからぬショックを受けてしまった。
(ヒカルだってきっとショックを受けるわ)
普段は素っ気なくしていたけれど、それでも自分に好意を示していた相手に去っていかれたとしたら、いくらあの鈍感息子でも落ち込むに違いないと、かなり気を遣って話題に出さないようにしたのに、数日後、あっさりとヒカルの方から言ってきたのだった。
「あ、そーそーそういえばあかりのヤツコイビトいるんだぜ」 「しっ―知ってたの?」 「うん?うん。この前、あいつのガッコに指導碁に行ったじゃん、そん時に紹介されたから」
けろりと言うヒカルの肩を掴み、がくがくと揺さぶってやりたくなった。
(あんた、あんたそれで平気なのぉぉぉぉぉぉ????)
「あ、あら…そう。でもヒカルちょっと寂しいんじゃないの?」 「なんで?」
きょとんと聞き返されて少しばかりたじろぐ。
「え?だ、だってあんたたちずっと一緒だったし…あなたあかりちゃんのこと好きだったんじゃないの?」 「えー?コクハクされたことはあっけどさあ」
と自分で買ってきたコーラを飲みながら、さらりとヒカルが言った言葉に凍り付く。
「え?…コクハク?って告白?」 「うん。卒業したすぐ後くらいかなあ。でもおれあいつのことそーゆーふうには思えないから断った」
きっぱりと言って、何の未練もなさそうに後はこれまた自分で買ってきたらしい漫画雑誌を眺め始めた。
「そう…」
断ったの。 断ったのあんた。
なんとなく脱力しながら思う。
バカだわ。あんな可愛い子に告白されて断るなんて―。
(子どもなんだ)
この子はまだ異性への興味よりも自分のやりたいことの方に興味が向いてしまう子どもなんだと、嵐のような葛藤の後にそう悟った。
(今は囲碁のことで頭が一杯なのよね)
だったらそれはそれできっといいのだ。確かに囲碁で身を立てるのは普通に進学して会社員になるのよりずっと大変そうだし、それまで女の子のことなんか考える暇なんかは本当に無いのかもしれない。
だったらそれを母親として暖かく見守っていけばいいのだと。
(一人息子だからって、ちょっと色々先走り過ぎちゃったわ)
いつか望むような位置まで上りつめ、精神的に余裕が出来た時に初めて異性に目が向くのだろう。
だからそれまで自分はゆっくりと、ヒカルが連れて来る人のことを待っていればいいのだ。
例えどんな人を連れて来ても動揺したり、頭ごなしに反対したりすることが無いように今まで以上に心の準備というものをしよう。
そう思ったらほっと気持ちが楽になった。
「…あんたに好きな人なんて、もう十年くらい出来そうにないわねぇ」
ため息をついて、夕食の支度を始めようと台所に向かいかけた時だった、ふいにぽつりとヒカルが言ったのだった。
「おれ好きなヤツいるけど?」
…え?
「もう何年も前から好きなヤツいるよ、おれ」
ってててててててて、はあ???????
ぱくぱくと口を開けるのに、にやっと笑ってヒカルは雑誌を閉じるとコーラを掴み、二階へ上がって行ってしまった。
「あ、安心して、すげー美人で可愛いから♪」
って、ヒカル――――――――――――――――――――――――!
その後、しつこく聞いたのがいけなかったのか、それともまだ両思いになっていなかったからかわからないけれど、ヒカルはその「好きなヤツ」の話をしてくれることは二度と無かった。
(…いつの間に)
我が息子ながら油断がならない。 でも、あのあかりちゃんをフッたほどの美人で可愛いお嬢さんならば、それこそ気合いを入れて心の準備をしなければならない。
絶対に絶対に意地悪な姑にならないようにと、いつか来るその日のことを思い、早速翌週から習い事を一つ追加したのだった。
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ヒカルサイドの話も書きたいなあと書いてみました。ヒカルサイドって言うか母親サイド(笑)番外編です。
これは今までのパパライエピソードよりちょっと前の話です。 ここで心構えを作っておいたので、後にアキラを連れて来られても美津子ママは倒れたりしなかったわけです。
ちょっとプロキシにかぶるかなというエピソードです。
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