| 2004年10月10日(日) |
(SS)キミにあげる |
キミにあげる
全部あげる
ぼくの全てをあげるよ
変な夢を見て目覚めた朝、それが夢だとわかっているのに、心がざわついて仕方無かった。
「なに?今日はやたらとべたべたしてくるけど」
碁会所から帰る帰り道、進藤にそう言われてしまうほど態度に出ていたとすれば、自分で思うより夢のことを気にしていたからかもしれなかった。
「ん…別に何も。嫌だったのならもうしないよ」
見た夢は笑ってしまうほど単純で、ぼくは誰かにこう問われのだ。
『明日、あなたの恋人の進藤ヒカルが死ぬことになっています。あなたは彼どうしますか?』
何かのSFのSSにあったような、そんな鎮撫なシチュエーションで、でもぼくは真剣に相手に問うた。
『それは絶対に変えられないんですか?』 『どうしたら彼を助けることが出来るんですか?』
答えは非道く単純で、ぼくはその場で答えていた。
『じゃあ、お願いします。彼を助けてあげてください』
覚めてしまえば他愛無い。なんでこんな夢を見たのかなとも思うけれど、なんとなく彼の身辺が気になって離れることが出来なかったのだ。
「ごめん…しつこくして」 「え?や、違うって。逆、逆。すげーかわいいから嬉しいなって」
照れくさそうに笑う顔を見ていたら、愛しさがこみあげてたまらなくなった。
あれはただの夢だけれど、もし本当に彼の命が僅かなのだったら、ぼくは何をしても助けたいと思うだろう。
「なー、ちょっと寒くなってきたし、ラーメン食いに行かねえ? 駅の反対側においしーとこ見つけたんだ」 「いいよ、別に」
本当は蕎麦の方が好きだけれど、夢の影響か彼に対して寛大になっているのが自分でもわかった。
「…なんかすげー優しくて気持ちわりぃ。こんなおまえ優しいと、なんか不安になるよなあ」 「不安て?」
ドキリとして尋ねてみる。
「んー?別に何がってわけじゃないけどさー」
妙に間延びした声で進藤が言ったその瞬間、耳を塞ぐように大音響が響き渡り、気がついたら道路に伏していた。
何があったかわからなくて、呆然とした後に自分が彼に庇われるように彼の腕の中にいるのだということがわかった。
「しっ、進藤?」
何か起こった。 何か異常事態が起こったのだと、それは一足飛びに夢につながって、不安に揺さぶられながら呼びかける。
「進藤っ」
ほんの1、2秒だったのだろうけれど返事がかえるまで死ぬほど長く感じた。
「あーっ…痛ってー…。おまえ大丈夫だった?」
不機嫌な声に、ほっと体中の力が抜けるような気がした。
歩いていた工事中のビルの前、建築中のその壁面が崩れてきたのだと知ったのは、もう数分後のことだった。
「…びっくりしたぁ。なんか黒い影みたいなのが上から降ってきたから、おまえ抱いてよけてさー」 「ぼくは気がつかなかった」 「だっておまえ、おれの方見てたじゃん。壁を背にしてたからわかんなかったんだよ」
あーよかった、ほんとによかったと繰り返している進藤と、まだ呆然としているぼくは、あっという間に人垣の中になり、大丈夫だと言ったのに救急車で搬送されることになったのだった。
後で聞いた所によるとコンクリの固まりは百キロ以上あったという。避けられて本当に幸運だと思った。
「なんか今日、さんざんだったなあ」
病院での検査と事情聴取が終わり、解放されたのは夜中。病院を出てすぐに進藤は言った。
「どうする?食欲ある?」
正直言ってびっくりしたあまり空腹感は飛んでしまっていたけれど、彼の方は食べたいのだろうなと思い、「ある」と答える。
「何か食べて帰ろう。…でも、験が悪いからラーメンじゃないものがいい」 「うん」
じゃあどこかファミレスでもと、二人並んで歩き出した時、ふと途中で止って進藤がぼくを抱きしめた。
「なっ、なにするんだっ」 「…大丈夫だよな?おまえどこもけがしてないよな?」
たった今検査を受けて、かすり傷だけと太鼓判を押されたというのに、どうしてこんなに心配するのだろう?
「キミこそ大丈夫か?ぼくを庇って頭を打ったりしていない?」 「へーき。全然なんにも当らなかったから。…おまえ無事で本当に良かった」 「キミの方が…本当にキミが無事で良かった」
ぬくもりに心からほっとしてそうつぶやく。
よかった。
あんな夢なんか見たから―。
ぽつりと無意識にこぼした言葉に、進藤がぎょっとしたような声をあげた。
「なに?」 「いや、昨日変な夢を見てね。…もしかしたら予知夢って言うのかもしれないなって」 「それ…どんな夢?」 「キミが…死ぬ運命にあるとしたらどうするって人に聞かれる夢」 「それで…おまえなんて答えたの?」 「…教えない」
もし正直に言ったなら、きっと彼は怒るから。例え夢だからと言ったとしてもきっととても怒る。
「その夢…おれも見たかもしんない」
おれのは逆でおまえが死ぬ運命にあるとしたらどうするって聞かれたと、きゅうっと強く抱きしめながら進藤が言った。
「…キミはなんて答えたの?」 「教えない」
おまえ怒るから教えないと、言われてああと思った。彼はきっとぼくと同じ答えをしたのだ。
もし彼が死ぬ運命にあるとしたら、助けてください。 自分の命と引き替えてもかまわないから―。
ぼくはそう答え、きっと彼もそう答えたのだと思ったら涙が出そうになった。
「ま…夢だけどさ」 「うん、ただの夢だ」
それ以上、触れるのは怖くてもう話題にはしなかったけれど、ずっとその日繋いでいた手はどちらも痛いほど強い力で握られていた。
ぼくがキミを救った。 キミがぼくを救った。
ぼくたとは互いに互いを守ったのかもしれないと、そう思ったら胸が熱くなり、切なくてたまらなくなった。
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ちょっと寓話的? あまり深く考えずさらーっと読んでください。
ただなんていうか、こういう選択の時にヒカル、1秒も迷わなさそうだなと思って。 「え?じゃああいつ助けてください」
あまりの迷いの無さに「え?いいの?もう少し考えたら」と注意されちゃったりして。
「いーったら、いいの!おれの命よりあいつの命のが百億倍も大切だもん」とか言いそうです。ついでにのろけたり。
「碁が強くてさー、キレイでさー、ちょっとキツイとこあるけど二人っきりの時は可愛くてさ」
死に神もきっと閉口することでしょう。
「あ、写真見る(照れ照れ)?隠し撮りなんだけど」とかやって、ええいもう鬱陶しい地上に帰って一生やってろとか言われそうです(笑)
あ、ヒカルのことばっかり書いちゃったけど、アキラも同様です。市河さんにべらべらとヒカル自慢をした時のように「進藤は海外の囲碁界でも注目されていて」とか死に神に「ぼくの進藤」自慢をしてしまいそうです(笑)
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