SS‐DIARY

2004年10月09日(土) (SS)パパがライバル4

「これ、先生にあげて」

待ち合わせたカフェで持って行った包みを手渡したら、あいつの反応が一瞬止った。

「…なに?」
「ん?牡蠣の佃煮。道玄坂のおっさんがオイシイとこ知ってるって言うんで買ってきてもらったん」

今、あいつの家には数ヶ月ぶりくらいに先生たちが帰ってきていて、だから食べてもらおうと手配をしたのだけれど。


「…なんで?」
「え?なんでって、前仕事で一緒になった時に、佃煮が好きだって先生言ってたからさ。それにおまえもずっと前、どこだかに行った時にそう言って土産に買ってたじゃん」


お父さんは佃煮が好きなんだよと、こうなごと、あさりときゃらぶきとと、楽しそうに言ってたくさん買い込んでいたのでそれでよく覚えているのだけれど。

「…そう、ありがとう。父に渡しておくよ」

きっと喜ぶと思うと、言うのはいいけどおまえのその顔はなんだと思う。


「なに? なんでそんなムカっちゃってるわけ?」

喧嘩なんかは日常茶飯事で、言い争いもいつもで、話して1時間後ならこんな態度に出るのもわかる。でも今日はまだ会って数分しかたっていないではないか。

「なんかおれ…おまえの気に障るようなことした?」
「別に」
「今日はおれ、時間にも遅れてないし、むさ苦しい格好もしてないし、別に怒られるような筋合いは無いぞ」
「だから別に怒ってなんかいないって」

そう言いつつ、自分の注文したカプチーノに黙って口をつけた。

なんて言うか、絶対確実に怒ってる。
普段あんまり表情が出ないって言われているこいつだけど、おれの前では違うし、会ってこんなに無表情なことは無い。

だから今、こんな取り澄ました顔でよそよそしく喋るとしたらそれは間違いなく不機嫌になっているってことなのだけれど、その原因がわからない。


「なー、おれこんなんヤなんだけど」

せっかく会っているのにこれではちっとも楽しくない。

「じゃあ、帰る?別にぼくはそれでもいいけど」

それでもいいけどと来たもんだ。つい1時間ほど前のメールでは「早く会いたい」なんて可愛いことを書いてきていたくせに。


「あのさぁ…いつまでもんな顔してると、おれマジで帰るけど」


塔矢は可愛い、可愛くて可愛くて仕方が無い。でもだからって、こんな理由も無く怒られるのは嫌だ。


「いいの?そんでもっておれ、こーゆー仕打ちうけたら、もうまたしばらくおまえに会わないぞ」

メールもしないし電話もしない、おまえの所の碁会所なんか行かないで道玄坂に入り浸りだと言ったら、初めてあいつの表情が揺らいだ。


「それは…ヤだ」
「え?」


それは嫌だと小さな声で俯きながら言う。

「じゃあ、ちゃんと話せよ。なんでそんないきなし機嫌悪くしたのか」
「別に、何も」
「嘘だね」


カフェに入って姿を見つけて、手を振った所までは笑顔だった。
おれを見て、ぱーっと花が咲いたみたいに笑ってくれたのに、それが凍ったのは、席についておれが包みを渡した時―。

そこまで考えてやっと気がついた。


「あー…」
「な、なんだ?」
「いや、なんとなく…わかった」


もしかして、もしかしなくてもこいつ、焼き餅を焼いたんじゃないだろうか?
小さい頃から盲目的に父親を尊敬して、慕ってきたこいつだから、ここの所おれが先生と個人的に会ったり、話をしたりしたのに焼き餅を焼いたに違いない。


「まーったく、重度のファザコンだ」

おれの言葉にあいつは「えっ」と顔を上げた。

「別に塔矢先生取ったりしないよ。おまえの親父だし、そりゃ尊敬してるけど」

おれ下心ありありでこーゆーことしてるんだしと佃煮の包みを指でつつきながら言うと、あいつの表情から拭ったように無表情が無くなった。


「え? それって…どういう」
「えー? だってそりゃ、恋人の親には覚え良くいて欲しいもん。大事な大事な大事な一人息子をもらっちゃうんだからさー、今のうちから点数稼いでおかないと」

だから別に焼き餅焼いて、おれにライバル視なんかしなくていいからと言ったら、あいつはなぜか、かーっと真っ赤になってしまった。


「安心した?」

なんとなく反応が変だと思いながら聞いてみると、あいつは益々真っ赤になって、それからなんだか泣きそうな笑いそうな変な顔になり、「…バカ」と一言、つぶやくように言ったのだった。



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最後の「バカ」の意味がヒカルには永久にわかりません。
アキラが焼き餅を焼いたのは、ファザコンだからではなく、ヒカルがわざわざ父親に佃煮を用意したからです。

キミはぼくだけを見てるんじゃ無かったのかみたいな、非常に可愛らしい嫉妬があるのですが、そんなことを言うくらいなら舌を噛んで死んだ方がましだと思っているのでアキラはヒカルに真実を告げません。

依然として微妙な三角?関係です。


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