SS‐DIARY

2004年10月01日(金) (SS)パパがライバル2

窓の外をゆっくりと動いていく赤いラインの入った飛行機を眺めながら、あれはどこへ行くやつなのかなと思った。

大きく開けた窓際の席、少し会話が途切れたなと思ったら、先生もやはり外を眺めているのだった。

「時間…大丈夫なんデスか?」

テーブルの上には飲みかけのコーヒーが二つ。

なんとなく和服に日本茶という雰囲気のある塔矢先生は、今日はラフなシャツ姿でアメリカンなんぞを飲んでいるのでなんだか不思議な気分だった。


「大丈夫だ。まだ二時間近くあるんでね」

おれの方に向き直り、思い出したようにコーヒーのカップに口をつけた先生は冷めていたのが不味かったのだろう、微かに顔をしかめて、でもそのまま黙って飲んだ。


「…なんだね?」

顔に出さないようにしようと思ったのに、一瞬だけそれが現れてしまい、それをめざとく見つけた先生に聞かれてしまう。


「や…あの…やっぱ親子だなと思って」

あいつと先生、そういうとこがそっくりなんデスと、言ったら先生は一瞬、まじまじとカップを見つめてそれから笑った。

「そんなに似ているかね」
「塔矢も…あ、すみません。えーと、いや、あいつも、冷めたやつ嫌いなんですよ。でもよく話しに夢中になってドリンク冷めちゃって、口をつけて始めて気がついて顔をしかめるんですけど、結局そのまま全部飲んじゃうんです」


だって、せっかく注文したのに、残したら勿体ないだろうと、残せばいいじゃんとの自分の問いに塔矢はいつも答えるのだけれど。


「出されたものは残さないように躾たからな」


軽い笑い声をあげて、先生は一瞬、愛しそうな顔をした。
普通、親子で同じ仕事についていたりすると、反発しあうものなのに、あいつと先生はそうでは無い。

あいつは先生を純粋に尊敬して慕っているし、先生も親ばかでは無く、息子が可愛いということを隠さない。

珍しい親子だよなといつも思うのだけれど、もしかしたら二人とも「素直」だからなのかもしれなかった。

本人達は気がついていないのかもしれないが、塔矢と先生は本当によく似ていると思うから。


「どうかね、アレは」
「どうって絶好調ですよ。ここん所連勝続きで、また本因坊戦のリーグ入りも決まったし」
「でも、それは君もそうだろう」

おかしそうに言われて、でもあいつのが勝ってんですよと言ったら今度は声を出して笑われてしまった。

「君は…何段になったんだったかな」
「五段です」
「アレは…七段。追い抜けないのがそんなに悔しいかね」
「悔しいですよ。だっておれがいくら追い上げていってもあいつはまたその更に先を行ってしまうし」

去年リーグで当った時にも、結局おれは負けてしまって、悔しさのあまりしばらく口をきかなかったくらいだった。


「君たちはまだ若い。私の年になるまでには、今こんなことを悔しがっているのが滑稽に感じられる程、もっと高い所にいるはずだ」


柔らかい口調ながら、そのまなざしは真剣だったので、しゃんと背筋が伸びるような気がした。


「違うかね?」
「いえ…違わないです。そう、なるつもりです」


人が聞いたら不遜と思うようなおれの言葉を先生はただ穏やかな表情で受け止めた。


「期待しているよ」


だが、私も止まってはいないから本気で来なさいと、そう言われて嬉しさに頬が熱くなった。


「―はい」



素晴らしい先達が前を歩いている。


追いついて来いと、追い抜いて行けと。
でも楽にはそれをさせてやらないと、言われることのなんと嬉しいことか。


自分は恵まれていると、この世界に入ってもう何度も思ったことをおれはまた思った。





「先週の君の棋譜を並べてもらえるかな」


とりとめなく喋った後、先生に言われておれは指でテーブルの上に棋譜を描いた。

あいつとよくカフェでしたりするように、コップの水で子どもが落書きをするように、何度も何度も線を引き、その上に一手一手記して行った。


「おもしろい一局だ」

大きく開けた窓の向こう、またゆっくりと飛行機の尾翼が横切って行く。

「途中までは良かったんですけど、でも途中で読み間違えて」
「いや、私でもやっぱりここは勝負に出るね」


ああでもない、こうでもないと。

それはこれ以上無い程の充足した時間。



上海行に向かう飛行機が来るまでのしばしの間、おれと先生は顔をつきあわせ、もうガラスの向こうの飛行機を眺めることはせずに、テーブルに指を走らせながら、ただひたすらに検討をしたのだった。


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思いがけず好評だったので「パパがライバル」の続編なんぞ書いてみました。

パパとヒカル、秘密のデート編。つーのは嘘で、囲碁イベントの帰り、まだ成田に行ったことが無いと言ったヒカルをパパが誘って、出発までの時間、見晴らしのいいレストランでお茶している所です。


アキラは卓球に引き続きこのことも聞かされて、すっかりへそを曲げてしまいます。
でもパパには曲げられないので、ひたすらヒカルに当りまくりですが、ヒカルは「ちぇっ、なんだよ相変わらずファザコンだなあ」ぷんぷんと見当違いのことを思っていたりするわけです。

アキラ焼き餅やきまくりです。


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