SS‐DIARY

2004年09月30日(木) (SS)パパがライバル

「この間、進藤くんに卓球にさそわれたよ」

久しぶりに日本に帰ってきている父が、夕餉の膳を前に、ふと思い出したようにぽつりと言った。

「お父さんを…卓球に…ですか?」

知り合いに頼まれ、父がわざわざ帰国して参加した囲碁イベント。それに進藤も行っていたのは知っていたけれど、そんなことがあったとは全く知らなかった。

「ああ、若手の棋士でやっていた所に、たまたま通りかかったら声をかけられた」


あ、先生、お風呂行かれてたんですか?良かったら一局行きませんか?と、ラケットを差し出しながらにっこりと笑った。

その瞬間、その場にいた全員が固まるのが父にはよくわかったという。


「あまりスポーツは得意ではないからと断ったんだがね」

せっかく皆が楽しんでいる所を自分が入れば水を差すと、父は遠慮したのだけれど、進藤は言外の意味には気がつかなかったようで、「じゃあ審判でもいいですよ」と言ったのだと言う。


「周りの子たちはみんな固まっているのに、何故か彼はそれに全然気がつかなくてね」

結局審判をやらされてしまったよと、父は苦笑のように笑いながら言ったのだった。

「元名人の審判ですか」

それはさぞやりにくかっただろうなと思った。

この世界、上下関係はとてもはっきりとしている。まだ段位の低い若手の棋士にとって、引退しとたとは言え塔矢行洋は殿上人のようなもので、話しをするだけでも緊張だったことだろう。

なのにそれに屈託なく話しかけた上に卓球に誘う。まったくもって彼らしいなと思った。

普通の人がためらう所を彼は全然かまわない、良い意味で垣が無いのだろうなとそう思う。

「…で、どうでしたか?」
「どうって、そうだな。なかなかおもしろかった」

普段あまり若手と話す機会が無いのでおもしろかったよと言う、父の表情が穏やかなので、ああ楽しかったのだなと思った。


「付き合いで顔を出しただけだったけれど、たまにはああいうのもいい」

もし次があれば今度は審判でなく、卓球をやってみようかと父が言うのをぼくは驚いた気持ちで聞いた。


父が卓球。


親子として二十年近くこの人と暮らしているけれど、父が卓球をやりたいなどと言うのを聞くのは初めてだった。


「いや、本当に楽しそうだったのでな」
「それは…」


誰がですか?進藤がですか?と聞きたくなってやめておいた。
聞かなくてもそうなのはわかっていたからだ。

父とぼくは似ている。ぼくもよくそういう場で皆に交じれずに一人でぽつりといたりするのだ。

すると進藤はすぐにそれに気がついて、ぼくを人の輪の中に入れてしまう。

そうとは気がつかないさりげなさで、皆といることの楽しさをいつも教えてくれるから、父にもきっとそうしたのだろうなと思った。


「たまに、若手とふれ合うのもいい」

それは進藤がいたからですよと、言いかけてぼくはやめておいた。

(…だって)


人懐こく、誰にでも好かれる。

好きにならずにはいられないような。


彼を父と取り合うようなことだけはしたくないなとそう思ったから。



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自分のいない所でちょっと仲良ししている父とヒカルになんとなく焼き餅やいているアキラでした。

いや、あれでヒカルって実は年配者の受けがいいよねと思って。アキラよりたぶんかわいがられるんじゃないかなあ。


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