SS‐DIARY

2004年08月15日(日) (SS)親不知

歯を抜くのは初めてでは無かったけれど、その日抜いた親不知は、変に曲がって生えていたらしく、抜くのに非道く時間がかかった。

元々麻酔があまり効かない体質なので、効くのを待つだけでも普通の人より時間がかかるのに、若い女の先生だったためか力が足らず、随分長い間、診察台の上で天井を見るはめになった。


結局分割して抜くことになった歯に、器具を当てながら先生が「痛いですか?」と聞いてくるので、くぐもった声で痛くないと答える。

本当は少し痛かったけれど、まあ我慢できない範囲では無いから面倒なのでそう言ったのだが、やはりわかるものらしく「痛かったらすぐに言ってくださいね」と言われてしまった。


人に口の中を触られるというのは変な気分だ。

ましてやこんな無防備にされるままになっているのはなんだか居心地が悪くて、だから出来ることならば一刻も早く終わって欲しいと思ってしまう。

『そーんなの、虫歯作る方が悪いんじゃん』

進藤が側にいたならなんて言うだろうかと考えたとたん、あまりにリアルに言葉が浮かんで、思わず眉が寄ってしまった。

『自己管理も仕事のうちなんじゃねーの?』と、自分こそいい加減な食事ばかりしているくせに悔しいかな彼はあまり虫歯にならないのだった。

『おれはさ、ちゃんと歯ー磨いてるから』

あまり病気にならないし、弱みを見せるということが無いものだから、珍しくぼくが虫歯を作ったなどと言うと進藤は鬼の首をとったように喜び、ここぞとばかり言いまくる傾向がある。

『なんだったらさ、これからはおれが磨いてやろーか?』


えっちが終わった後にでもと、途中から今日、ここに来る前に本当に交わした会話になって、思い切り顔をしかめてしまったら、その途端口の中を探っていた手が止まり「痛いですか?」と聞かれてしまった。

いえと、慌てて言うとそれでも怪しげにしばらく顔を見られてしまった。

(まったく、進藤のせいだ)

本当は誰よりもこういう治療をいやがりそうなのに。
彼があまり虫歯にならないのは体質的なもので、だから余計に悔しく感じる。

(一度非道い虫歯になって、こんなふうに抜かれてみればいいんだ)

あれで、結構臆病者だから、大騒ぎをするかもしれない。時々診察室の中で、この人がと思うような大男がおろおろと泣き叫んだりするけれど、進藤も痛い痛いと大騒ぎをしそうだと思った。


(ああでもその前に、もし本当にそんなことになったら、なんだかんだと理由をつけて来ないんだろうな)

でもそんなことぼくは絶対に許さないから、引きずってでも連れて来ようと、そんなことを考えていたら本当におかしくなってしまい、思わずふっと笑ってしまった。

その瞬間、さんざぐりぐりと歯肉を押しても引いても抜けなかった歯の最後の欠片が、持ち上がるようにして抜けたのだった。

ころりと、舌の上に落ちた固まりに、先生がほうっと大きく息を吐いたのがわかった。


「お疲れ様でした。随分時間がかかってしまって…」

でも、あまり痛がりませんでしたねと処置が終わり、椅子から降りた所で苦笑しつつ言われた。

「本当は途中で麻酔を追加しようと思ったんですけど」

最後に一番痛かったはずの所で笑われてぎょっとしましたと、言われてぼくは赤くなった。

「考え事をしていたので…」

じゃあよほど楽しいことを考えていたんでしょうねとそれは他意の無い言葉だったけれど、ぼくは耳まで赤くなってしまった。


…まあ

楽しかったのは事実だし。

おかげで痛みを紛らわすことができたのだから、少し進藤に感謝してやってもいいかもしれない。



歯医者を出て、裏の薬局で痛み止めを処方してもらいゆっくりと歩いて家に帰る。

そういえば後でメールするからと進藤が言っていたのを思い出し、電源を入れてみると本当に届いていた。

『痛かった?』
『恐くて泣いちゃったんだったら、慰めてやっから連絡して』


これは侮辱ととって怒鳴るべきなのか、それとも素直に好意と受け取るべきなのか。


しばし画面を見ながら考えて、それから返事のメールを打つ。


腹が立たないではないものの、せっかくそう言ってくれているのだから、脳天気なバカに甘えてみてもいいかもしれない。


『慰めて』


ストレートにそれだけを打って送ると、ぼくは道の端に立ち、麻酔が切れ始めて痛む頬を押さえながら、何故か妙に幸せな気持ちで、進藤からの返事を待ったのだった。



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なんじゃこりゃと言うと、そのまんま。
ついさっき抜歯してきたもので、抜歯記念に書いてみました。←おい。

アキラは間食もしないし、食後にまめに歯を磨くタイプ。
ヒカルは結構いい加減。

なのにどういうわけかヒカルは虫歯にならないで、真面目に磨いていたアキラが見えない親不知にやられてしまったりするわけです。不条理です。


今日、ぐりぐりと抜かれている間、ずっと「若先生だったらこーゆー時どうしているだろう」とバカなことを考えていました。アキラって痛くても絶対に痛いと言わないで我慢してしまいそう。

逆にヒカルはちょっと痛くてもぎゃーぎゃー騒ぎそうです。
そーゆーとこもかわいいですが。

なんとこんな阿呆な話ですがヒカル視点もあったりして。


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