SS‐DIARY

2003年10月24日(金) 愛に焦がれた胸を貫けG43−A3

進藤は柄に合わず心配性だと思う。

少し咳をしただけで「薬を飲め」「温かくしろ」と言うし、手合いが続いて過労気味になれば「休め」と言う。

「ちゃんと食え」「早めに寝ろ」と、それはどちらかと言えばぼくの方が彼に言いたいことばかりなのに、自分のことは棚に置いて進藤はぼくの心配ばかりしている。

「そんなに気にかけてくれなくてもぼくは大丈夫だよ」
こう見えても小さい頃から大病はしたことないのだからと、そう言っても聞く耳をもたない。

「ダメっ! おまえ自分のこと全然かまわないんだから」と、随分なことを言ってはぼくを布団に押し込めたり、ぼくの口に何か食べ物を詰め込もうとするのだ。

(なんであんなに過保護なんだろう)

ぼくを好きだから。

(本当にそうなんだろうか?)

好意でしてくれているのはわかるのだけれど、進藤のそれは少し神経質ではないかと思うのだ。


―その日、ぼくは焦っていた。
六時から指導碁の予定が入っているのに、ついうっかり検討にのめり込んでしまい約束の時間を忘れてしまったからだ。

「おまえ何時からって言ってたっけ…」
しかも対局相手であった進藤にそれを言われるまで気がつかなかったのだから始末が悪い。

頭の中で移動時間を計算して青くなる。
「ごめん、進藤、まだ途中だけど」
「いいって、早く行けよおまえ」

それでも慌ただしく片づけをして、まろび出るようにして対局室を出る。
上着の袖に腕を通しながらエレベーターのボタンを押すが、一階で止まったままのそれはなかなか上がっては来なくて、仕方なく階段を使うことにした。

「おい、塔矢。おまえそんな焦って降りると危ねぇぞ」
別に付き合ってくれなくてもいいのに、進藤はぼくに着いてきて、一緒に階段を駆け下りている。

棋院の階段は薄暗くて、遠近感が今ひとつわかりにくい。
三階から二階へ下りる途中、あっと思った時に靴の底が滑った。

頭から落ちそうになった所を進藤が腕を掴み、そのままぼくを抱え込むようにしてそのまま数段落ちた。
どさっと重い音がして、瞬間、進藤はうめき声をあげた。

大丈夫?と尋ねるより先に、進藤の声が降った。
「塔矢っ、大丈夫? おまえ」

心配そうな声に、ふとぼくは開きかけた目を閉じてしまった。
だって進藤の声は本当に心配そうで、おろおろとしていたからだ。

「塔矢、おい、塔矢ってば」

返事をしないでいたら、進藤はますます心配そうな声になり、ぼくの体をがくがくと揺さぶった。

「おい、冗談よせよ、おいってば」

こんな時間が無い時に何をやっているのだろうかと思いつつ、あまりにも進藤が心配するので、それがおかしくて、つい数回呼びかける声を無視してしまった。

「塔矢…」
「嘘だよ、別になんとも―」

目を開けた瞬間、ぼくは驚きのあまり絶句してしまった。

「―あ」

進藤が泣いていたからだ。

「進藤…」

進藤は大きく目を見開いて、それからぼくの顔をじっと見つめると安心したように息を吐いた。
紙のように白くなっていた頬に赤みが差すのを見た瞬間、自分がしたことを激しく後悔した。

「進藤…ごめ…」
「よかった―おまえ、目ぇさめなかったらど…しよって」

泣きながらぼくをぎゅっと抱きしめる進藤に、ぼくは初めてわかったような気がした。

進藤がどうしてあんなに神経質にぼくのことを気遣うのかそれがやっとわかった。

失ったことがあるのだ。
だれか大切な人を―。

だから進藤は、あんなにもぼくのことを心配したのだ。
もう二度と失くしたくないから。

「ごめん…ごめんね…進藤」

まだ泣き続けている進藤の背に腕をまわし、そっと抱き返しながら、傷つけてごめんとぼくは何度もつぶやいた。



(後ちょっとだけ)つづく。


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