お引越し完了。 隠れ家をできるだけきれいにして、大家さんに鍵を返してきました。 8〜9年は住んだかな? 今までの隠れ家の中では、下北沢と同じくらいいたかしら。 二階のいちばん奥。 好きなものだけを集めて、服と本にまみれ いつでも寝床にもぐりこめる。 変わり者の大家さんは季節ごとに、あらゆる漬物 干し柿 佃煮にするいなご 銀杏 掘ってきたタケノコ イモ を軒先で干しており、 いつもおすそ分けをくれた。 3つの区の境目で、休みがずれているからどの曜日も銭湯にいけた。 同じ理由で、どの曜日にもなにかしらゴミをだせた。 いごこちの良い巣でした。
また人生の境目がやってきて実家にもどることになり、 毎日なにかしら母と感情をすれ違わせていますが、病気になり家族のありがたみはシミジミ感じています。 結構、ありがとう って口にだして言っているんだけど なんかスルーされている。 あえてなのか、素でなのか。 うちは自営業なので、定年もなければ退職金もなく国民年金はみなさんご存知のように雀の涙。 だから父はいまも働いている。 母も長く持病をかかえている。 そしてうちにはもうじき100歳になる妖怪のような祖母もいる。 老人と病人ばっかりですが 助け合って生きてきましょう、 と引越しを決めたときに両親に言ってみたがスルーされた。 まあ、聞こえてはいたようですからいいでしょう。 もともとそういう家族です。 弟夫婦のところに子供たちが生まれて、うちはこういう家族なので誰もそんなことは思ってもみなかったのですが、 水戸で一人暮らす伯母が、 男の子も生まれたし、これで家名が途切れることはないね よかったね と言っていたと聞き、 そうか、老人と病人が死に絶えても わたしたちと繋がるものは残っていくのだなあ、 と改めて甥や姪の将来が実りあるものであるように、 神社やお寺に遊びにいくたびに祈るようになりました。
いま同じくらいの気持ちで、被災した子供たちの将来を祈っています。
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