エンターテイメント日誌

2006年07月29日(土) いつも青春は時をかける

大林宣彦監督、原田知世主演(これがデビュー作)の「時をかける少女」を映画館で観たのは1983年、当時僕はまだ高校2年生だった。同時上映は薬師丸ひろ子と松田優作共演の「探偵物語」。この組み合わせはその年一番の大ヒットとなった。角川春樹プロデュースによる角川映画全盛期である。

その後1993年に春樹は大麻所持で逮捕され、代わって弟の角川歴彦が角川書店社長に就任した。実はこれを遡ること1年前の1992年、経営方針の対立から春樹は歴彦を角川書店から追放していた。 骨肉相食む遺恨の歴史である。角川書店への復帰が事実上不可能になった春樹は1995年に新たに角川春樹事務所を設立、1997年に自らメガホンを取り「時をかける少女」をリメイクした。この白黒版は筆者未見だが原田知世がナレーションを担当しているそうである。 角川映画の歴史についてはウィキペディアのこの項目が詳しい。

そして角川歴彦は2006年、アニメーション映画「時をかける少女」の製作総指揮を執り世に問うた。公式サイトはこちら

細田守監督によるアニメ版「時をかける少女」の評価はAである。これはもう掛け値なしの大傑作。勿論1983年版は日本映画史に燦然と輝く金字塔なのだが、では両者を比較してどちらが優れているかと問われると答えに窮してしまう。それくらいの完成度の高さなのである。

2006年版の大きな特徴は原作と主人公が異なることであろう。今回のヒロインは紺野真琴、16歳。携帯電話を持っているのが当たり前になったいまどきの高校生である。そして原田知世がかつて演じた芳山和子は、主人公の叔母として登場する。

2006年版の唯一の欠陥は芳山和子の声を原田知世が担当していないこと、これに尽きるだろう。角川歴彦としてはここで彼女を起用するとそれは兄を認めたことになってしまう。それだけはどうしても出来なかったのだろうと想像するが、もしそれが事実なら余りにも偏狭に過ぎないか?1983年版を無視することは角川映画の貴重な遺産全てを否定することに繋がるのではなかろうか。1983年版のファンとしては彼女の声が聴きたかったというのが正直な気持ちだし、そう想うのは筆者だけではあるまい。

アニメ版「時かけ」はまず脚色が素晴らしい。設定を変えて物語りに新鮮な息吹を吹き込みながら、と同時に原作に対する敬意を些かも忘れていない。

キャラクター・デザインは「ふしぎの海のナディア」「新世紀エヴァンゲリオン」の貞本義行。美術を担当したのは「未来少年コナン」「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」など宮崎アニメで有名な山本二三。日本アニメーション界を代表する最高のスタッフが集結した。文句があろう筈がない。

繊細でありながら躍動感溢れる細田守の演出手腕も見事としか言いようがない。もくもくと湧き上がる入道雲を映したショットなど間のとり方も良い。動と静の対比。ここに真の宮崎駿の継承者がいた。

細田守は当初「ハウルの動く城」の監督としてマスコミに発表された。しかし製作過程において宮崎駿と衝突し、残念ながら降板することになる。スタジオジブリに天才は二人いらなかったということだ。結局宮崎さんは全部自分でやってしまうので後継者を育てることが出来なかった。DVD「ラセターさん、ありがとう」でも宮崎さんは「私は弟子を取らない」と公言して憚らない。

ジブリでは若い才能の芽が摘み取られてしまう。しかしポスト宮崎駿を担う人が現れないとスタジオの存続が危うい。困り果てた鈴木プロデューサーは反則技スレスレの奇策を打って出る。「ゲド戦記」の監督として、アニメーションに関してはずぶの素人である宮崎吾郎を起用したのである。宮崎吾郎は信州大学農学部森林工学科を卒業した後、建設コンサルタントを経て偉大な父親のおこぼれに預かり徳間記念アニメーション文化財団常務理事、三鷹の森ジブリ美術館館長などを歴任した。そして今回の大抜擢。 駿から長男の吾郎へ。まるで伝統工芸みたいな世襲である。肉親ならちょっかいは出さないだろうという狙いがそこにはある。

宮崎駿は「ゲド戦記」の原作者ル・グウィンのもとまでわざわざ足を運び、頭を下げて息子のために映画化の許諾をもらった。その経緯はここに詳しい。しかし製作が始まると、一切介入せず、息子とは口も聞かない状態だったという。宮崎駿を封じ込めるという鈴木プロデューサーの思惑はある意味で功を奏した訳である。しかし、果たして完成した作品のクオリティはどうなったか?ご覧の通りの惨状である。

ま、スタジオジブリの今後なんてどうでもいいや。宮崎駿の一代で滅べばいい。日本には細田守がいるんだから。是非「時をかける少女」は北米や欧州でも公開して世界にその真価を問うべきである。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]