エンターテイメント日誌

2005年11月12日(土) 蝉しぐれ三変化

本当は映画「蝉しぐれ」を公開初日の10/1に既に観ていたのだが、レビューは今日まで放置プレーにしていた。これを書くのは実に気が重い。

藤沢周平の代表作「蝉しぐれ」は小説自体が優れているのでこれを翻案した作品はいずれも質の高いものとなっている。

まず「蝉しぐれ」は舞台化され「若き日の唄は忘れじ」という題名で宝塚星組が1994年に上演した。これはもう本当に心に滲みる名舞台で、特にお福を演じた白城あやかの凛とした美しさは絶品であった。原作者もこの舞台化を気に入っていたという。

それから映画化に奔走していた黒土三男さんが、その実現前にテレビ用に脚色し、NHK金曜時代劇として2003年に放映された。これまた掛け値なしの傑作であり、第44回モンテカルロ・テレビ祭で最優秀作品賞と主演男優賞を受賞。更に第30回放送文化基金賞ドラマ番組部門・作品賞、男優演技賞、演出賞の3賞を攫った。特に牧文四郎を演じた内野聖陽がこれ以上は考えられないくらいのはまり役であり魅了された。殆ど完璧に近いテレビ版の惜しむらくべき欠陥はお福を演じた水野真紀がこの役を演じるには既に年を取りすぎていたことと、小室等の音楽が全く画面に合ってなかったことくらいである。未見の方は是非このバージョンのDVDをご覧になることを強くお勧めする。

さて、そこで待ちに待った映画版の登場に相成るわけだが、テレビドラマの金字塔を打ち立てた黒土三男さんが脚本・監督を担当するということで、過剰な期待を持って映画館に臨んだのだが・・・嗚呼・・・・・

映画の評価はC(宝塚版とテレビ版はA)。テレビ版の欠点であったお福は、映画で演じた若い木村佳乃が好演していたし、音楽も映画版の岩代太郎の方がマシではある。しかし、岩代太郎の傑作「殺人の追憶」「血と骨」「義経」等と比べると「蝉しぐれ」の音楽は如何せん力不足、凡庸である。岩代太郎ならもっとやれた筈だ。市川染五郎の文四郎も悪くはないが、内野聖陽の完璧な文四郎像を知っている者にはやはり物足りない。文四郎の幼なじみを演じた今田耕司に至っては完全なミスキャスト。テレビ版のクドカン(宮藤官九郎)の方が遙かに良かった。悪役の里村を演じた映画版の加藤武とテレビ版の平幹二朗を比べるとこれも憎々しいヒラカン(平幹二朗)に軍配が上がる。

映画は日本の四季の美しさを捉えた撮影と豪華な美術セットが素晴らしい。しかし、稚拙な演出がスタッフの力を生かし切れていない憾みが残った。

大好きな作品だけに映画の不出来は哀しい。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]