エンターテイメント日誌

2002年12月08日(日) ヒッチコックへのオマージュ<マイノリティ・レポート>

映画「マイノリティ・レポート」は名義上、フィリップ・K・ディック原作となっている。しかしその本質は最新のSFXを駆使して往年のヒッチコック映画への熱いオマージュを捧げることにあるのは間違いない。そういう意味でスティーヴン・スピルバーグ監督と音楽を担当したジョン・ウイリアムズは確信犯である。今回のジョンの音楽がヒッチと何作にもわたりコンビを組んでいた作曲家、バーナード・ハーマンの響きを連想させるのは決して偶然ではないだろう。そこにはある意志が読み取れる。

ジョンはスピルバーグと自分の関係について、嘗てこう述べている。「私とスティーブンの友情はもう20年以上も続いています。これはあのヒッチコックとハーマンという偉大なるコラボレーション(共同作業)でさえ蜜月が10年余りしか続かなかったことを考えると希有なことであると想います。」

スピルバーグはヒッチが遺作「ファミリー・プロット」を撮っている時、その撮影所の見学に足繁く通い、それを煩く感じたヒッチが外へ追い出したという有名な逸話がある。また、「ジョーズ」や「E.T.」などで彼が愛用している逆ズーム←クリック!(人物の背景だけが遠ざかったり近づいたりする映像表現)という手法は実はもともと映画「めまい」でヒッチと撮影監督のロバート・バークスが生み出した撮影法なのである(余談であるが「逆ズーム」という日本語を命名したのは大林宣彦監督。日本では大林監督が初めてCMで用い、劇場映画デビュー作「HOUSE」や「時をかける少女」などで印象的にこの手法を用いている)。

今回の「マイノリティ・レポート」に関して言えば、まず主人公が無実の罪で殺人犯として追われるというプロットそのものが「北北西に進路をとれ」「三十九夜」「逃走迷路」などヒッチが最も得意としたジャンルなのである。そして冒頭における殺人の場面の眼鏡の使い方、さらに殺人現場近くに回るメリーゴーランドといえばヒッチの「見知らぬ乗客」を彷彿とさせる。また、ハサミを用いた殺人といえば「ダイヤルMを廻せ!」である。これほどまであからさまにその愛情は示されているのである。傘の群を俯瞰ショットで捉えるのは勿論ヒッチの「海外特派員」からの引用である。そう、俯瞰ショットが多用されているのもスピルバーグ映画としては珍しく、これも本作がヒッチコック映画へのオマージュであるという動かぬ証拠なのである。

こういう知識を持ち合わせていない愚鈍な映画評論家の中には、上辺だけ眺めて本作を小規模で迫力の無いミステリイと批判している者もいるが、全くもっておめでたいとしか言いようがない。そこに巧みに仕組まれた仕掛けを理解すれば、「マイノリティ・レポート」の奥深さ、その映画愛が貴方の心を打つことであろう。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]