エンターテイメント日誌

2002年04月22日(月) 新しい波〜地方都市から発信される映画たち

ウディ・アレン、マーティン・スコセッシなどニューヨークで映画を撮り続けている監督達を総称して「ニューヨーク派」と呼ぶ。また、花の都パリでロケすることに拘る監督も珍しくはない。しかし、自分の出身地である一地方都市で、映画を撮り続けている監督は世界にただひとりしか居ない。大林宣彦、その人である。「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」「ふたり」・・・監督の古里・尾道で撮られた商業映画は実に10作品におよぶ。

大林映画との出会いと共に尾道は僕にとっても第2の古里と呼んでもよい存在となった。しかしあれから約20年の月日が流れ、尾道も豹変した。鄙びた風情のあった尾道駅周辺には近代的、威圧的なビルが建ち並び、映画でもしばしば登場した雁木と呼ばれる海辺の風景も取り壊され、今はもう跡形も無い。尾道の心ともいうべき最も大切な一部分は間違いなくその歳月の中で死んだのだ。そして僕は第2の古里を失った。地方都市が大都会の模倣をする…高度経済成長の中、何処もがそうしてきたことなのだが、果たしてそれで人々は幸福になれたのだろうか?

恐らくそういう想いと共に大林監督もまた、自らの映画のオープン・セット(撮影現場)を尾道から大分県臼杵市に移して完成したのが新作「なごり雪」である(今後も大林監督は臼杵で映画を撮り続けると宣言されている)。正直に告白しよう。伊勢正三さんの有名な唄をモチーフに大林監督が映画を撮ると聞いて、「何で今頃、時代遅れの<歌謡映画>を撮るんだろう?」と疑問に想ったし、古郷に戻った主人公が過去の自分と邂逅し、対峙するという物語だと知り、「なんだか我が偏愛する『はるか、ノスタルジイ』や『告別』の焼き直しみたいだなあ。」と感じたのも事実である。映画「あの夏の日」の不出来に呆れ果て、「もう大林監督は作家としての才能が費えたのか?」と不安になった時期も確かにあった。しかしそれらも杞憂に終わったようである。

「なごり雪」は秋からの全国公開に先駆けて大分でこの4月から先行ロードショーが始まった。その予告編を公式サイトで観ることが出来る。

クリック!「なごり雪」公式サイト
もうこれを観て狂喜乱舞。予告編だけでこれだけ深い感銘を受けるのだから、さぞや途轍もない傑作が誕生したに違いないという確信を抱いた。臼杵の風景が限りなく美しく、そして何処か懐かしい。最近の大林映画でヒロインを勤めた勝野雅奈恵には正直ウンザリし、「大林監督はヒロインに対する審美眼も曇ってしまったのか?」と苛々したものだが今回の新人・須藤温子ちゃんは凄い良い。背筋が伸びて凛としており、その口から迸る日本語の発声が何ときりりとして美しく響くことか!僕が「時をかける少女」における原田知世を連想したのは決して偶然ではあるまい。ここには今では失われてしまった嘗ての日本の風景が、そして人の心がある。そして僕の予感を裏付けるかのように「なごり雪」公式サイトの掲示板には作品を大分で観て魂を揺さぶられた人々の書き込みが絶えない。

また僕が今回何よりも驚いたのが、臼杵市が全面的に映画をバックアップしているその姿勢である。下記の市の公式ページを開いていただきたい。
クリック!臼杵市公式ページ
なんとここには映画のロケ地マップが掲載されているのである。こんなに凝りに凝ったロケ地マップなんて未だ嘗て見たことがない!市の意気込み、熱い想いをヒシヒシと感じるではないか。

僕はいつか大林映画と共に旅をして来た。「廃市」を観て九州の柳川へ、「青春デンデケデケデケ」を観て四国の観音寺へ、「はるか、ノスタルジイ」を観て北海道の小樽へ。そして臼杵へと旅立つ日もそう遠い先ではないだろう。きっと臼杵の街はたおやかに、僕を包み込むように迎えてくれるだろう。その時を愉しみに今は生きていこうと想うのである。

追伸:地方都市から発信される映画としてあと愉しみなのは大傑作「がんばっていきまっしょい」の磯村 一路監督がふたたび四国の愛媛県を舞台に(愛媛県の出資で)撮った新作「船を降りたら彼女の島(仮題)」である。
クリック!「船を降りたら彼女の島」紹介ページ

また、北海道の函館から発信される映画「パコダテ人」の公開も近い。
クリック!「パコダテ人」紹介ページ

今、日本映画は地方が熱い。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]