エンターテイメント日誌

2002年04月10日(水) チャン・イーモウの<トゥーランドット>

「紅いコーリャン」「初恋の来た道」「活きる」等で知られる中国の巨匠、チャン・イーモウ監督(「黄色い大地」「さらば我が愛 覇王別姫」そしてハリウッドで撮った「キリング・ミー・ソフトリー」のチェン・カイコーと併せて<中国2大監督>と呼んでも差し支えなかろう)が演出したプッチーニ作曲のオペラ「トゥーランドット」をDVDで観た。1998年に西洋のオペラである「トゥーランドット」が、その舞台となった中国の紫禁城で初めて上演された世紀の一大イベントを収めた貴重な記録である。この桁外れのスケールを誇るプロジェクトの制作過程を克明に追ったドキュメンタリー映画が現在東京のシネセゾン渋谷にて公開中のようであり、その面白さが巷で大いに話題になっている。僕が観たのはオペラ本編であり、DVDには29分の短いドキュメンタリーも付属している。お値段は4800円であり、オペラのDVDとしては安価な部類にはいるだろう。

オペラ「トゥーランドット」の演出では映画「ロミオとジュリエット」「ブラザー・サン・シスター・ムーン」「ムッソリーニとお茶を」の監督としても有名なフランコ・ゼッフィレリ版が決定版として世界に名を轟かせ、そのヴィスコンティ映画を彷彿とさせるようなデカダンスの香り溢れる豪華絢爛たる美術装置と衣装に圧倒される(ゼッフィレリはヴィスコンティの弟子にあたる。ヴィスコンティはオペラ演出家としても名高く、特にマリア・カラスと組んだスカラ座の「椿姫」のプロダクションは伝説的名舞台として語り継がれている)。そのゴールデン・スタンダード・バージョンに挑戦すべく2001年オペラの殿堂ミラノ・スカラ座で劇団四季の演出家、浅利慶太氏の新演出版が上演されたのだが、これは見るも無惨なプロダクションだった。大体、時代設定を古代中国の殷としたのが間違いの元で衣装も舞台装置にも華がなく、地味で退屈なことこの上ない代物で、「こんな日本の新劇みたいな辛気くさい舞台を天下のスカラ座にかけてどうする!」と憤りを感じた。浅利氏がやはりスカラ座で1985年に演出したプッチーニの「蝶々夫人」が日本的様式美に貫かれた、シンプルでありながら凛とした素晴らしい舞台だっただけに、浅利爺さんも耄碌したもんだと呆れ果てた次第である。浅利さん、悪いこと言わないからもう引退なさい。

チャン・イーモウ版は時代設定を明朝時代としている。兎に角そのスケールの大きさがただただ壮観である。徹底的な時代考証、全て手縫いの明朝時代の衣装、実に900着。京劇のダンサーも出てくるし、エキストラとして本物の人民解放軍の兵士300人を動員するというこの凄み。中国ではつい数十年前まで文化大革命のために、西洋音楽は演奏することも聴くことも一切許されないという暗黒時代があったわけだが(映画「レッド・バイオリン」でも描かれている)、今では最早到底信じられない話である。チャン・イーモウは「紅いコーリャン」でも「初恋の来た道」でも分かるとおり「赤」にこだわる人であるが、このオペラ演出でも色彩感覚が非常に豊かであり華やか、大仕掛けの舞台セットも重厚で目を見張り、グランド・オペラとはかくあるべしと膝を打ちたくなるような素晴らしいプロダクションである。「覇王別姫」がベルトリッチの「ラスト・エンペラー」に対する返歌であるならば、チャン・イ−モウ版「トゥーランドット」はゼッフィレリ版に対する中国側からの返答と言えよう。オペラそのものを観るも良し、あるいはドキュメンタリーでも良し、是非一見をお勧めしたい。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]