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夢の図書館新館

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-- 2006年10月04日(水) --

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『ソラリスの陽のもとに』

その名も高き世界の古典を、なんで四十年も経った今、 しかもハロウィーンの時期に紹介するのかとお思いでしょう。 二度の映画化でストーリーは良く知られている傑作SF、 実は前半部分は優れて恐ろしいホラー小説になっているのです。

惑星ソラリスを覆い尽くす海を見下ろす、 荒廃した観測ステーションの中をさまよいながら、 主人公と共に廊下を歩くのも怖い。振り返るのも怖い。 扉を開けようとする場面の度に、汗びっしょりになってしまうほど怖い。 部屋でソラリスの二つの太陽に交互に照らされてまどろみながら、目を 開くのすら怖い。

中盤からは恐怖は困惑と悲しみに変わります。
「愛していた者が、生きていた時の姿のまま甦る」
なぜか最近の日本のロマンチックファンタジーで流行しているモチーフ ですが、本家本元はやっぱり甘くない、困難な宇宙生活に打ち勝つ訓練 を重ねた冷静な科学者達が、あまりの苦悩に押しつぶされ、狂気に陥り そうになってゆくのです。

名作SF映画としてキューブリック監督の『2001年』(196 8年・アメリカ)と並び称されるタルコフスキー監督の『惑星ソラリ ス』(1972年・ソ連)も、主人公達の悲恋の物語をメインに据えた ソダーバーグ監督の『ソラリス』(2002年・アメリカ)も、原作者 レムのお気には召さなかったと聞きます。

巨匠レムが『ソラリス』で表現したかったものは、地球とは全く異質の 未知の存在との、なにが起るか絶対に分からない出会いの一例だったそ うです。

というのも、レムによればSFでは(特にアメリカのSF)、 人間と他の惑星の理性的存在との接触の可能性について三つの紋切り型 が出来上がっていて、

「相共にか、われわれがかれらに勝つか、かれらがわれわれに勝つか」。

‥‥まさしく。四十年経った今も根強く、というより、この「紋切り 型」の他者との接し方は宇宙の果てどころか、この小さな惑星の中で今 日特に強くなってきているように感じられます。

ポーランド人のレムが意図した、全く理解不可能な知的生命とのコンタ クトから生まれる葛藤と寂寥感は、ソ連映画やハリウッド映画よりも、 日本の数々のアニメ作品の中に最も色濃く伝えられているように思いま す。

ソラリスの海が作り出す悪夢のような造形は、人間の脳内に存在する記 憶を実体化したものですから、近年のサイバーSFの元祖でもあり ますし、儚げで健気な創造物の哀しみは、まさしく某『エヴァ』の謎め いたヒロイン、綾波の原点です。

あと、偶然ながら明治の文豪夏目漱石のファンタジー小品『夢十夜』第 一夜は、愛する者の甦りも、めまぐるしく動く太陽も、ラストの長く茎 を伸ばした一輪の花も、『ソラリス』の要約だと外国人に説明したら信 じてもらえるのではないかというくらい淋しげな印象が似ているような 気がします。

ところで私は小さな頃から実家の壁の一部と化していたハヤカワ・ポケ ミスの背表紙の『ソラリス』のタイトルを日々見て育ったくせに、今回 のハヤカワのフェアで改めて文庫を買って通して読み始めるまで、何十 年もえらい勘違いをしていました。

ソラリスって、子供の頃TVでやってた映画を見たような気がする けど、
ええっと、人間の潜在意識が実体化する惑星の話だよね←ここまでは あっている
で、その化け物は‥‥そうそう、「イドの怪物」
‥‥それは『禁断の惑星』だっ!(ナルシア)


『ソラリスの陽のもとに』著者:スタニスワフ・レム/訳:飯田規和/出版社:ハヤカワ文庫1977
『夢十夜』著者:夏目漱石/青空文庫にも収録
『惑星ソラリス』/監督:アンドレイ・タルコフスキー/ 1972/ソ連
『ソラリス』/監督: スティーブン・ソダーバーグ/ 2002/アメリカ
『禁断の惑星』/監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス/ 1956/アメリカ

2004年10月04日(月) ハロウィーン月間は、ぽつぽつ更新です。
2001年10月04日(木) 『世界地図の楽しい読み方』
2000年10月04日(水) 『帝国ホテル・ライト館の謎』

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