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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2005年05月20日(金) --

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『冬至まで』

季節は見事に半分ずれているけれど、ピルチャーの『冬至まで』を 深呼吸するように、ひと月ほどかけて読んだ。

イギリスからスコットランドを舞台に、いわゆるシニア世代の主人 公を柱に、少し若い世代やティーンの世代も織り交ぜながら、人との 関わりをしっくりと描いている珠玉の作品。日本の小説には、こうい うテイストの作品は「まだない」と言ってよいのだろうか。

意外にも前半は大きな変化や悲しみがあって、いったいどうなって ゆくのかと不安にもなったが、後半、すべてが収斂されてゆく。

長い物語のはじまりは、主人公で引退した元舞台女優のエルフリー ダが、犬の収容所で一頭の老犬を引き取り、ホラスと名付けて車に乗 せ、カントリーサイドに買った小さな家へ向かう場面から。 そう、こともなげに。イギリスでは飼い主のいない犬を一頭も殺すこ となく引き取り手を探す、とは聞いていたけれど、犬がほしければ施 設から普通に引き取ってくるのなら、その社会は信じられると思う。 行き場のない犬たち(猫もだが)を養う余裕を残し、子どもたちに大 人が「命を大切にしなさい」と堂々と言えるのだから。

エルフリーダは60代の魅力的な女性だが、外見以上に、人との関 わり方も魅力である。おそらくは、イギリス人にとっても、そうなの だろう。自分のテリトリーにどこまで人を受け入れるか、孤独と人と の触れあいで得られる安心のバランスをどう取るか。苦手な人との付 き合い方。そして、全面的に信頼する相手にはどんな風に心を開くの かを自然な生活の一部として見せてくれるエルフリーダは、名前のと おり、しなやかな女性である。

エルフリーダと対をなすオスカーとのパートナーシップ、身内にあ たる若いキャリーや孫ほどの年齢差があるルーシー、近所の人たちと の関係、家との対話が、タペストリーのように織り上がってゆく。

大切な人を亡くす悲しみを知っている大人たちがいて、親子の関係 に悩む若い人たちがいて、人の思惑ではどうにもならないことが起こ り、思ってもみなかった喜びを与えられる瞬間もあり、真冬の頂点、 冬至とクリスマスに向かう日々が、淡々と過ぎてゆく。

そのときどきに与えられる出来事をどう受けとめればいいのか。生 きる証に何かをつかみ取るというよりも、その受けとめ方に左右され て、私たちはここに、いま立っている場所にいるのではないのだろう か。ここがどんな場所であろうとも。

エルフリーダは言う。

「元気でもないのに、元気なふりをする必要なんてないのよ」 (引用)

(マーズ)


『冬至まで』(上・下)著者:ロザムンド・ピルチャー / 訳:中村妙子 / 出版社:日向房2001

2003年05月20日(火) 『シロクマたちのダンス』
2002年05月20日(月) 『異国の花守』

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