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夢の図書館新館

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-- 2003年10月07日(火) --

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『マクベス』(その2)

☆ベルディのマクベス

同じベルディのシェイクスピアものでもポピュラーな 『オテロ』と異なり、『マクベス』は あまり上演を目にする機会もありませんし、 CDに至っては全曲版もハイライト版も現在全部品切れで手に入りません。 いくらなんでも公演会場には売っているだろう、と思ったけれど、 なんとミラノ・スカラ座版すら会場にない。 幕間に手持ちのCDの対訳を読んでいた人がうらやましい。

「なんで普通にCDがないの?」 「そりゃ、あの話ですから」 普段そんなに売れないので、CDの部数も出していなかったのでしょう。 一般にオペラの売りになる哀切きわまりなく歌い上げるアリアとか、 美男美女の愛のデュエットとか、馴染み深く口ずさめるような曲とか、 そういう「受ける」曲はほとんどなし。 第一、女性のソロは低く策謀を語るマクベス夫人だけ。大胆です。 私はあのデュエットなんか好きですけどね。 「どんなの」 「ほら、マクベスが王を殺して戻って来て滅茶苦茶動転しているのを  マクベス夫人が叱咤激励する場面。大きな声では歌えませんが」 「‥‥」

しかしいくら好きで取り上げたテーマとはいえ、 ベルディも『マクベス』のオペラ化には並々ならぬ苦労をした事でしょう。 原作の緊迫感と不安感を維持するためには、 情緒的な美しいメロディは向きません。 オペラの醍醐味である、感情を華麗に歌い上げる場面などもってのほか。 うっかりすると名曲になってしまうようなところを、 若いベルディは意識的に必至で抑えた事でしょう。 もっとも、オペラらしい音楽性や観客サービス向上のために、 三人の魔女や三人の刺客が二十人以上の大員数になっていたりします。 魔女の合唱と踊りは豪華なオペラらしくて良いとして、 大勢の刺客が暗殺の歌を楽しそうに合唱して踊ってたら いくら暗い森の中でも変でしょうが。

「『マクベス』の中でどのアリアが好きですか?」 「えーと、亡命中のマクダフの」 「殺された幼い我が子を悼む歌ですね」 合唱はその前の勇ましい『我が祖国よ』が一番人気でしょう。 「バンクォーが暗殺される前に小さな息子に唱う曲も良いですね」 「主役のマクベスのアリアは人気ないのか。と言うか、  歌として聞くにはやっぱり悲しい曲のほうが感動するよね」 「恋愛ネタがないので二人とも可愛い息子で泣かすわけです」 「でも、バンクォー、護衛も付けず歩くほうが悪いよ」 「たぶん、あのアリアを貰ったんでキャラが原作と違っちゃったんです。  原作のバンクォーって、魔女すら怒鳴り付けるような剛胆さで、  マクベスは友人ながらその生まれつきの王者の風格を  畏れていた訳でしょう?」 「そういえば、感じが違うね」 「オペラのほうだと暗い予感に脅えながら幼い息子に切々と唱いかける、  って雰囲気になりますから、むざむざ危険の潜む暗い森に  踏み込むなんて、と思っちゃうんですよね」 「うーん、感傷的な名曲はバンクォーには合わないか」 「一曲あげたくなるのは分かりますよね、いいキャラだから」

他にも、オペラとしての音楽性と原作の演劇性との融合をはかるために いろいろ工夫した部分があって、ベルディの熱意がしのばれます。 ただ一人のソプラノであるマクベス夫人の存在は原作以上に重要で、 クライマックスの鍵となる『バーナムの森』も、 森の合唱(笑)というオペラならではの技で盛り上げています。

「でも『オテロ』のほうはオペラでもすごく有名だよね?」 「だってあれは‥‥どんな話か知ってますか」 「どんなの」 「高貴な心映えの将軍が腹黒い部下に騙されて、  奥さんが不倫をしていると思い込んで殺しちゃう話」 「そ、それは‥‥オペラ向きの話だ‥‥」 「そりゃもう愛と激情の名曲が目白押し」

とはいえ、悲しい恋に涙するような場面はまるでありませんが、 私は歌劇『マクベス』に他のオペラに無い長所を発見しました。 主人公が若い美男美女だった場合、素晴らしい歌い手がその通りの ビジュアルを合わせ持つという事はなかなか困難です。 よく言われるのが、やはりベルディの傑作中の傑作『椿姫』。 その最期の場面、涙なくして聞けぬ歌だが、 ‥‥どうみても結核で死ぬようには見えないぞヴィオレッタ。 ところが、これが『マクベス』ですと、 登場人物がほとんど勇猛で名を馳せた武人達ばかりなので、 みんなものすごく強そうに見えて良い。 厚い肩に鎧がとても似合って、いかにも血で血を洗い、王位を、 スコットランド一国を奪い合うに相応しい。(ナルシア)


歌劇『マクベス』全4幕 / 作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ / 作詞:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェおよびアンドレア・マッフェイ(イタリア語) / 原作:ウィリアム・シェイクスピア

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