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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2003年09月03日(水) --

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『陰摩羅鬼の瑕』

書店の店頭の平積みの新刊書コーナーに、 不穏に周囲を圧する積み重ねられた本の壁があった。 前作発売からはや五年。 数多くのファンが堪え難きを堪え、待ちに待った 京極夏彦著:京極堂シリーズ最新巻である。 思わず周囲を見回し、人目を確認してからこっそりと 上から二冊目を引き抜く。 ──薄い。

その本で殴るのは御容赦願いたい。750ページ近くあるのだ。 そんな煉瓦のような新書を指して「薄い」もないものだが、これまで 増殖するページ数に毎回度胆を抜かれた身にとってはそんなものだ。 殖え過ぎた人物と事件を一旦リセットしたのだろう。 文章も、独特の漢字遣いと厚みのある文体を手加減した様子で、 ページ数にも関わらずやけに読み易く感じる。気味が悪くなる程だ。

今回は構成も、あっさりとしたものである。 四方八方で発生した数々の物語を最終的に一か所に収斂させ、 それぞれの関連を整理しそれぞれに片をつけ、 一気にカタストロフになだれ込む、過剰な事件と溢れ零れる蘊蓄と 派手なアクションと憑き物落としの全能感と世界の崩壊感、 それらはことごとく今回は抑えられている。 テーマを明確にするためであろう、『陰摩羅鬼の瑕』の物語はただ一つ、 派生する物語や興味深い話題でも、直接関係ない物は潔く ばっさりとカットされ、一つの物語だけを淡々と追う。 だいたい「陰摩羅鬼」という妖怪自体が、多方面に発展はしない、 要は禍々しい黒い鳥の姿をした新仏の気だという。

 これから『陰摩羅鬼の瑕』を読むのを楽しみにしている方は、  これ以降は内容のヒントになってしまう恐れがありますので、  本編読了後お読みになって下さい。  読了したので他の人の感想が読みたい、という方、  薄いと言っても厚いしどうしようかな、と迷っている方や当面読む予定はないけれどなんとなく知っておきたい、等といった方は続きをどうぞ。

今回は謎解きの物語ですらない。 オープニングとほぼ同時に、読者にだけは「真相」の手がかりが与えられるので、こちらからすれば幻惑的な事件に謎など最初から存在しない。 だから。 『陰摩羅鬼の瑕』は。 登場人物達には未だ確とは認識されていない「世界」の異常さに、 読者一人がおののきながら、なすすべもなく惨劇が引き起こされるのを ざわざわとした不安とともに見守るスリラーであるとも言える。 こんなの駄目だよ、なんとかしてよ榎さん、とは言っても今回、 探偵・榎木津礼二郎はあらかじめ動きが封じられているし、 (最初から登場して愛嬌は目一杯振りまいているので御心配なく) 頼みの綱は君だ、頑張れ関口君、などと口走りつつも 予測通りの無力感に打ちのめされる──厭な作りになっている。

真相は。 私達が登場人物達に先んじて知っていた真相は。 一見、特殊な環境での特殊な事件にみせかけているが、 この事件は実は現在の私達の周辺で発生する可能性の高い、 あるいは多発している出来事を極端化して見せたものだ。 実用的な寓話と言っても良い。 そして、事件の発生を未然に防ぐ方法は、全てが明らかになった後、 関係者が身を持って気付く事となる。 簡単な事なのだ。簡単過ぎて、普段は意識にも上らない。 けれど、大事な事なのだ。 人の親でもある京極夏彦氏は、子供達のために大人が果たすべき責任を、 人の為に人が無意識のうちにも果たしている役割を、 こんなところで語っている。 客観性に紛れさせ、突き放した物の言い方をする京極堂は、 いつだって心を傷めている。

そして。 それは大事な事だから、 事件はそのまま現実世界に持ち帰る必要があった。 衛星のように周囲を巡る他の「物語」は邪魔になるので語られない。 これまで大事件の後に起きる破壊的なカタストロフは、今回はなかった。 あれらの惨事は、それまでの事件を夢であったかのように非現実化させ、 読者と登場人物達を現実に戻すための装置だったのだから。 今回は夢を醒す必要はない。 淡々と。 少し淋しい心持ちのまま。 現実世界に向かって彼らと私達は歩む。





とはいえ。 長年待ってたファンとしては、あっさりと今回のお祭りが終わって しまってはつまらないので、いましばらく陰摩羅鬼をサカナに、 いや、トリだけど、遊びたいと思います。 (ナルシア)


『陰摩羅鬼の瑕』 著者:京極夏彦 / 出版社:講談社NOVELS2003

2002年09月03日(火) 『時をさまようタック』

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