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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2002年08月07日(水) --

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『亡国のイージス』(その2)

出版界で大きな市場を占めていながら対象がほとんど女性という 特異な分野に「ラブロマンス小説」がありますね。 その反対で対象がほとんど男性の大市場ってなんだろうと考えたら 「戦記もの」がそれにあたるのではないでしょうか。 どちらも非日常的空間でわくわくと精神を高揚させ、 胸を熱くさせ涙を流させ、大きなカタルシスを与えて読者の心を解放する。 私は感情移入をするのが下手な質なのでどちらも読みませんが、 非日常空間でのカタルシスを得る読書なら、 難事件のトリックを解明して犯人を当てるミステリでやってるかな。

ハリウッドアクションばりの軍事小説『亡国のイージス』が 映画やゲームと違う点といえば、小説として 「情報」と共に素朴な「感情」を力一杯書き込んだ点でしょう。 客観的に見てどうしてそんな無意味な事を、と思うような場面でも、 その場に立ったら人間としてはそれはあるかも、と思わせてしまう、 映画の一瞬のカットやゲームの設定では手に入らない泥臭い説得力が強みです。

バブルの頃に否定され冷笑された「勇気」「熱血」「根性」という 昔懐かしい価値観は、沈滞した時代に華々しく復活しました。 人気の軍事アクションの舞台に、日本的な戦記ものの心が合体、 巨大な艦で自分の身を危険に晒しながら走る主人公達に、 頑張れオヤジ、馬鹿、死んじゃうぞ、と何千人の読者が叫び、 上部組織の愚かさを悔しがり、たおれ行く男達に涙した事でしょう。

主要人物のほとんどが感情過多の40〜50歳台、 唯一の若者は人を寄せつけない謎の美青年21歳、 オヤジ達から見れば理解できないけれど気になる息子のようなもの。 皆、経験のあるリーダーである必要があるので 自動的に年齢が上がってしまったとも言えますが、 著者の福井晴敏さんは当時30歳、 「濃い」人間関係を現実に持つ機会の少ない世代は 心の熱い頑固オヤジがやっぱり憧れなのですね。

物語の舞台が自衛隊なので国家論的に見えますが、 軍事フィクションの巨匠トム・クランシーが 自国を愛するあまり妙な方向にいっちゃったのと違って、 この人、本当はあんまり国の心配はしていないようです。 それこそ「亡国」の作家? いいんですよ、「自分」さえ亡くさなければ。 そして我らは亡国の読者。 面白ければ自国、他国の作品問いません。(ナルシア)


『亡国のイージス』(上・下)  著者:福井晴敏 / 出版社:講談社文庫

2001年08月07日(火) 『ヴァン・ゴッホ・カフェ』

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