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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2002年01月29日(火) --

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『やわらかい手』

1998年、28年ぶりに復刻された短編集。

収録作品は、
「鈴の話」
「午後一時五分」
「水密桃」
「やわらかい手」
「黒い門」

図書館で手にとり、初めて読んだ花岡大学。 名前だけは聞いたことがあったが、予備知識も ほとんどなかったのだった。 明治の末、吉野の寺に生まれ、 西本願寺派に籍を置き、 長い作家人生を通じ、幾多の作品を送り出した。

この一冊で、 児童文学と文学の境界をかるがると超え、 仏典童話や世界の物語、偉人の伝記などまで 多彩な作品を遺した作家の全貌が私に見えるはずもない。 ただ、部分は全体を含んでいるという持論にしたがえば、 『やわらかい手』は作家の魂の影濃い作品集だろう。

装丁のイラストと内容のギャップは意図的なものだろうか。 最初は違和感を感じたが、読み終えると、 子どもの世界をとりまき、自由を奪い、 成長させ、変容させてゆく「環境」という暴力を淡々と描きながら、 最後には潔い清涼感すら遺してゆく 筆の力と、不思議に折り合っているとも思えた。

短編のタイトルから予想した内容と、 作品の世界が、これほどまったく違っていることもあるのだ。 (巻末に司馬遼太郎氏が書いているが、花岡大学の 外見的印象と作品には大きなギャップがあったそうだ。 タイトルと内容のギャップにもどこか通じるものがあるのでは) 深く読めばシンボリックで、 仏教の香りすら読み取れるタイトルである。 報われない死や感情のゆきちがいから生まれる悲劇、 弱い者いじめ、戦争の犠牲、親子の情など、 普遍的なテーマの持つ同時代性にもおどろかされる。

表題作の「やわらかい手」とは、 いったい誰の、どんな手だったのか。 少年のなかに極限のやり切れなさとともに残る、 やわらかく白い手の記憶。 それはおそらく、多くの読者にとっても、 まったくの他人事だとは思えない状況にちがいない。 「こんな時代」は、いつだって、どこにだってある。

与えられた一方的な視点を植え付けられ、 強い流れに飲み込まれて我を見失いそうなとき、 花岡大学の作品は、ジャーナリスティックですらある。

無常感のなかで明るく生命はかがやき、 歴史は世の終わるまで繰り返し、 人はただ日々の暮らしのなかに悟りを重ね、 内なる闇と向き合わねばならない。 (マーズ)


『やわらかい手』(復刻版) 著者:花岡大学 / 出版社:求龍堂

2001年01月29日(月) 『雪女のキス』

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