小学生の頃、隣の町内に『鬼太郎』というあだ名の子が住んでいた。 目が異様に大きく、少し出目ぎみだった。 その印象から『鬼太郎』というあだ名が付いたのだと思う。 いつもグジグジして何を言っているのかわからず、そのために友だちもいなかったようだ。 町内が違っていたので、ぼくたちの遊ぶ場所には来なかった。 が、たまに来ると、いつも騒ぎを起こしていた。
ぼくたちがよく遊んでいた公園の横に、カツという友だちの家があった。 カツは同じ野球のメンバーで、よくいっしょに野球をしていたのだが、夏のある日、いつものように野球をやっていると、メンバーの一人が、 「カツ、鬼太郎がおまえの家の庭におるぞ」と言った。 みんながカツの家のほうを見てみると、鬼太郎は長い棒を持って何かやっていた。 カツは慌てて家に戻って行き、みんなはカツのあとを追った。
カツの家に行ってみると、鬼太郎は手にビワを持っていた。 カツの家の庭になっているビワを、例の長い棒でつついて落としたもののようだ。 「おまえ、ここで何しよるんか?」とカツは言った。 「何もしよらん」と鬼太郎が答えた。 「『何もしよらん』があるか。そのビワどうしたんか?」 「この家の人にもろた」 「何でこの家の人にもらえるんか?」 「ここ友だちの家やけ」 「そうか。じゃあ、その友だちの名前を言うてみ」 「ブツブツ…」 「あっ、聞こえん!」 「ブツブツ…」 「わからんのやろうが。ここはおれの家たい。おまえはおれの友だちなんか?」 「‥‥」 鬼太郎はずっと下を向いたままで、ブツブツ独り言を言っていた。 そしてカツからさんざん文句を言われ、逃げて行った。 鬼太郎は方々でこういう騒ぎを起こしていたのだ。
鬼太郎の起こした事件で忘れられないことがある。 あれはお盆のことだった。 ぼくたちが、いろいろな町内の盆踊りを見て回っている時のことだった。 ある町内の盆踊り会場が、踊りもせずに、何か殺伐とした雰囲気になっている。 ぼくは、その町内の知り合いの上級生を見つけ、尋ねてみた。 「○○君、何かあったと?」 「おう、鬼太郎がおるやろ」 「うん」 「あいつが、砂をレコードめがけて投げつけたんよ。それで演奏がストップした」 「え、鬼太郎が。で、あいつどこ行ったん?」 「走って逃げて行った」 「そうなん」 「見つけ出して、ボコボコにしてやる」 と、上級生は息巻いて、鬼太郎を探しに行った。
その後、その上級生と鬼太郎の間に何があったのかは知らない。 ただ、その日を境に、鬼太郎はぼくたちの前から姿を消したのだった。
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