保育園の年少の頃だったが、ぼくはいつも隣の席の男からいじめられていた。 彼は何かあると、すぐにぼくをつねるのだ。 彼はいつも爪を伸ばしていたので、つねられたところから血が出てしまう。 それを見て泣いていた記憶がある。 ただ、いじめられていたのはぼくだけではなかった。 けっこう彼からつねられた者もいたようで、彼は乱暴者として通っていたのだ。
年長になると席替えがあったため、いじめは受けなくなった。 というより、彼自身が大人になったのだろう。 そういうことをしなくなったのだ。 とはいえ、あの時代のことを思い出してしまうので、そいつのそばには近寄らないようにしていた。
その男とは小学校もいっしょだった。 クラスが違っていたためか、あまりいっしょに遊んだ記憶がないのだが、なぜかそいつはぼくに優しかった。 しかし、ぼくの中には、まだ保育園年少時代の記憶が消えてなかった。 そのため、どこか敬遠していた感がある。
中学1年の時、ようやくそいつと同じクラスになった。 家が近かったせいもあり、よくいっしょに遊んだものだった。 ただ、保育園年少時代とは、立場が逆転していた。 とはいうものの、ぼくは別に彼をいじめていたわけではない。 彼をからかって遊んでいたのだ。
2年、3年で、またクラスが別れたため、再び遊ぶことがなくなった。 だが、それは敬遠していたためではない。 ただ、いっしょに遊ばなくなっただけだ。 友好関係は健在で、会えば笑顔の応酬をしていた。 しかし、それも3年の2学期までだった。
3年の2学期に、突然彼は学校に来なくなったのだ。 病気だとかいじめられたとかいう噂が立ったが、実際のところはいまだにわからない。
それからおよそ半年後、高校の入学式の前の日だった。 家の前の公園で友人と遊んでいると、彼が通りを歩いているのが見えた。 元々色白の男だったのだが、その時はさらに白く、なぜか澄んで見えた。 いっしょに遊んでいた友人と「声かけてみようか」と言い合ったのだが、二人ともその顔を見て躊躇してしまい、声をかけそびれてしまった。 それが彼を見た最後だった。 数日後、彼は自殺した。
そのことは先の友人から電話で聞いたのだが、自殺だけでも充分にショックを受けたのに、友人はさらにショックなことを言った。 「あの時、おれたちが声かけんかったけかのう?」 この言葉がぼくの胸に突き刺さった。 もちろんその程度で死ぬわけはないのだが、原因がわかるまでぼくは真剣に悩んだのだった。 本当にいらんことを言ってくれたものだ。
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