昼間、ちょっと用があって社会保険事務所に行った。 初めて行ったのだが、人の多いこと。 ずらっとイスが並べられていたのだが、満席だった。 隣の職業安定所も、駐車場に入れない車が列を作っていたみたいだし、こういうところは不況がないようだ。 もし有料だったら、かなりいい商売になるはずである。
さて、そこで順番待ちをしている時のことだった。 あまりに待たされるので、外に出てタバコを吸っていた。 すると、遠くの方から手を振りながら、おっさんが歩いてきた。 最初は他の人に手を振っているだろうと思っていたが、どうもこちらを見ているようだ。 そこで目を凝らしてみると、何と3月まで勤めていた店の、前にいた店長ではないか。 ぼくがいつも「おいちゃん」と呼んでいた人物で、この日記にも何度か登場している。
「しんちゃーん。何しようと、こんなところで?」 「ちょっと用があって…。おいちゃんこそ、何しよるんですか?」 「いや、おれ今年59歳やん」 「もうそんなになるんですかねえ?」 「うん。でね、年金もらえんかと思ってきてみたんよ」 「遺族年金ですか?」 「いや、おれの年金」 「はぁ?もらえるわけないやないですか」 「何で?」 「65歳からでしょう。それにおいちゃんはまだ会社辞めてないやないですか」 「もらえんとかねえ?」 「もらえんですよ」 「じゃあ、カカァに聞かせる」 「そのために、おくさんまで連れてきたんですか?」 「うん」
相変わらず変な人である。 店にいた時も、その変わり者ぶりに閉口させられたものである。 仕事中に用があると、いつもこの人は、ぼくの携帯に電話をかけてきた。 同じ店内にいるのだから内線でいいはずなのに、である。 最初のうちは、わざわざ携帯にかけてくるのだから、何か人に聞かれてはいけないような重要な話かと思っていたら、そうではない。 ただのつまらん仕事の話をするだけである。 時には暇をもてあましてか、「しんちゃん、愛してるよ」と言ってかけてくることもあった。
また、こういうこともあった。 ある給料日の前日のことだった。 仕事が終わって事務所に行くと、店長が一人大騒ぎしている。 どうしたのかと思い、事務所の女の子に尋ねてみると、給与明細を見ていて突然「交通費が少ない」と言って騒ぎ出したのだという。
ぼくを見つけた店長は、「ねえ、しんちゃん、交通費おかしいやろ?」と言った。 「別におかしくないですよ」 「何で?」 「この間、ちゃんと本社から、交通費の計算法が変わると連絡があったやないですか」 「うん、あったよ。それでもおかしいやん」 「おかしいことないですよ」 そう言って、ぼくは店長に家から会社までの距離を聞き、計算してみた。
「○○円になってないですか?」 「ああ、そうなっとるよ」 「じゃあ、おかしくないやないですか」 「いや、おかしい。おれの計算じゃそうならん」 「そうならんも何も、計算の仕方が変わったんやけ、しかたないじゃないじゃないですか」 「第一、これじゃ遊びに行けんやろ」 「えっ…?」 自分が遊びたいがために、騒いでいたわけだ。
もしかしたら、今日の社会保険事務所に来たのも、自分の計算で「年金が59歳から」という答が出たからではないのだろうか? しかも自分が遊びたいがために…。 きっと社会保険事務所の人も迷惑したことだろう。
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