| 2006年02月25日(土) |
レジャーモービルの女(2) |
そうやって練習していたある日、ぼくたちに強い味方が出来た。長崎屋の先輩であるMさんである。他の人に言っても全然興味を示してくれなかったポプコン出場を、Mさんだけは真剣に聞いてくれた。Mさんもやはり音楽をやっていた。そのため、ミュージシャンを目指す者が周りに理解されにくいことを、充分知り尽くしていたのだ。さらにMさんは、ぼくたちに協力してくれるという。その言葉通りにMさんは、友人宅にきてはいろいろとアドバイスをくれたものだった。さて録音の日。ぼくと友人、それとMさんは、午前11時に近くの楽器店で待ち合わせた。そして、3人が揃ったところで、その楽器店にあるスタジオに入った。録音は午後1時からだった。それまでに音合わせをやっておくことにしたのだ。この曲、ポプコンバージョンとして、それなりのアレンジをしていた。歌い方を変えたり、エンディングにギターソロを入れるようになっていた。だが、そういったものはあくまでも付け焼き刃にすぎない。そのため、なかなかうまくいかなかった。ところが、スタジオでやった時、それがすんなり出来たのだ。あまりにうまくいったので、気持ち悪いくらいだった。Mさんも、「今の、よかったねえ。これだったら、けっこういい線行くんやないと」と太鼓判を押してくれた。そして1時間の練習後、ぼくたちは気をよくしてヤマハへと乗り込んだのだった。時間までヤマハのショップでうろうろした後、録音スタジオへと向かった。スタジオは本格的なものだった。何せ、ミキサー室まで装備してあるのだ。そこには、鼻髭をたくわえた兄ちゃんが、偉そうな顔をして座っていた。彼はぼくたちがスタジオに入ると、無表情に「はい、じゃあ始めてください」と言った。「えっ、音合わせはなしなんか」ぼくたちはそう思いながら、演奏を始めた。ところが、1フレーズやったところで、鼻髭が演奏を止めた。「ちょっと待って」「えっ?」「おたくら、チューニング合ってる?」『おたくら』ときた。「えっ?ちょ、ちょっと待ってください」ギターとベースを別々に弾いてみた。なるほど微妙に音が違っている。おそらく、移動中に狂ったものと思われる。というか、音合わせもさせないで、せっかちに始めるほうが悪いのだ。そこでぼくたちは、慌てて音を合わせた。今のようにギターチューナーなんてない時代である。ただでさえチューニングには時間がかかっていた。それに加えて、その時は緊張のまっただ中だ。ぼくたちは何度も何度もチューニングを繰り返したのだった。
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