夕方、会社にぼく宛の電話が入った。 「もしもーし、しんちゃん」 「はい」 「酔っ払いのおいちゃんでーす」 「え?」 「わかりますかー?」 「ああ、わかりますよー。寂しがり屋のおいちゃんでしょ」 「はーい、寂しがり屋でーす」
電話の主は、長崎屋時代の先輩であるNさんからだった。 彼はいつもこんな調子で電話をかけてくるのだが、今日はかなり酒が入っているようで、舌がまめっていない。
「風の噂で聞いたんやけど、今度おまえ家電を離れるそうやないか」 「よく知っとるねえ」 「おれみたいな情報音痴でも、そのくらい知っとるぞ」 「ふーん」 「で、おまえ、これからどうするんか?そこの会社、他に家電やっとるところないんやろ」 「うん、ないよ」 「会社はどうしろと言いよるんか?」 「生鮮に行ってくれ、ということみたいよ」 「生鮮?おまえ行くんか?」 「いや、生鮮なら辞めます、と言ってある」 「そうか…。おれも量販で働いていた頃、突然生鮮行きを言い渡されてのう。それでそこ辞めたんやけど、おまえも同じ道たどるんやのう…」
Nさんは長崎屋を辞めた後、いくつかの量販を転々とし、それから今の職業である損保の代理店を始めた。 会社や時間に縛られない今の仕事が性に合っていたのだろう。 その後は転職せず適当に頑張っている。 しかし、前の会社を辞めた原因が「生鮮に行け」言われたことだったとは知らなかった。
「それで、もし辞めることになったらどうするんか?」 「歌手になる」 「ぶっ、おまえ、まだそんなこと言いよるんか。いつまで経っても進歩のない奴やのう。もう若くないんぞ」 「いいやん。それしかないんやけ」 「いっそ、Hさんに弟子入りしたらどうか?」 Hさんとは、ぼくとNさんの共通の知人で、会社が潰れたあと、就職せずにそのままパチプロになった人である。 「Hさんか…」 「おう。あの人相変わらず稼ぎよるらしいぞ」 「おれにパチプロなんか出来るわけないやん。博才ないもん」 「じゃあ、Kさんに弟子入りしろ」 「トラックの運転手なんかできるわけないやん」
「まあ、それはいいにしろ、何でおまえ、そういう話になった時、おれにグチ垂れに来んかったんか?おまえの兄貴分として、おれは寂しいぞ」 「おれ、いつも前向きに考えとるけ、別にグチは垂れたりせんもん」 「前向きが歌手なんか?」 「冗談に決まっとるやろ」 「じゃあ、何をするんか?」 「いろいろ考えとることはある」 「そうか、じゃあ来週飲み会設けるけ、そのへんのところをゆっくり聞いてやろうやないか」 「27日はだめやけね」 「何でか?」 「お別れ会がある」 「そうか。じゃあ27日以外ならいいんやの」 「いちおう予定はない」 「わかった。また連絡する。じゃーねー」 ということで、来週は飲み会が二度あるのか。 また日記の更新が遅れてしまう…。
それにしても、Nさんは、何で会社に電話をかけてくるのだろう。 こういうプライベートな話をするなら、まず携帯にかけてくるべきだ。 相変わらず常識はずれの男である。
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