頑張る40代!plus

2005年09月18日(日) よしこ先生(1)

うちの店の薬局に、週一回、応援の薬剤師の先生が入っている。
女の先生で、ぼくはその名前から『よしこ先生』と呼んでいる。
あまり年を感じさせない方で、年はぼくより二つ上だが、ちょっと見は30代に見える。
おしゃべり好きで、いつも誰かとおしゃべりをしている。
その内容は少女っぽく、あまり世間ずれしてないようにも感じる。
家は代々薬局をやっているそうで、けっこうお金持ちだというから、よしこ先生はきっとお嬢様育ちなのだろう。

そういうお嬢様を見ていると、意地悪なぼくは、無性にからかいたくなってくるのだ。
そこでぼくは、よしこ先生が来ている時だけ、普段はあまり出入りしてない薬局に足繁く通うようになった。

「よしこ先生、おはようございます」
「おはよう、しんちゃん」
「えっ?おれ、“しんちゃん”じゃないですよ」
「えっ、“しんちゃん”というんじゃないと?」
「違いますよ」
「だって、みんな“しんちゃん”って呼んでるじゃない」
「ああ、あれはぼくがホームページで“しんた”と名乗っているからですよ」
「じゃあ、本名は何というと?」
「“タカシ”です」
「へえ、“タカシ”というと」
「実はこの店、不思議と“タカシ”という名前が多いんですよ」
「そうなん」
「店長以下5人もいるんですよ」
「えっ、5人も同じ名前なん」
「そうなんですよ。よく人から“5人タカシ”なんて呼ばれてます」

タカシというのは店長の名前である。
よしこ先生をからかう材料として、ちょっとそれを使わせてもらったわけだ。
しかし、事務所にネームプレートがあるから、ちょっと調べれば『5人タカシ』なんて嘘だということがすぐにわかることである。
ところが、よしこ先生はそれをせずに、素直にぼくのいうことを信じてしまった。
そして、ことあるごとに、ぼくを「タカシくん」と呼ぶようになったのだ。

ある日のこと、よしこ先生が事務所で店長と話をしていた。
そこに、たまたまぼくが入っていった。
よしこ先生はぼくを見つけると、「あっ、タカシくん」と言った。
店長は変な顔をして、よしこ先生を見ていた。
「まずい!」と思ったぼくは、知らん顔をしてその場を立ち去った。

後でよしこ先生が、「あの時何で無視したと?」と聞いてきた。
「店長もタカシなんですよ」
「店長もタカシ…??」
「そうですよ、前に“5人タカシ”と言ったでしょ」
「ああ、そうやったねえ」
「まずいですよ」
「えっ、何でまずいんかねえ?」
「だって、店長の前で“タカシくん”とか言ったら、店長は自分のことを言われてると思って、『先生はおれに好意を持っとる』と勘違いするかもしれんじゃないですか」
「あっ、そうか!それはまずいよねえ」
「だから、同じ名前が多いと困るんですよ」
「そうよねえ。困るよねえ」
それ以来、よしこ先生は、薬局以外でぼくのことを「タカシくん」と呼ぶことはなくなった。


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