| 2005年08月28日(日) |
歌のおにいさん(7) |
ぼくはレコードを買ったり借りたりして拓郎の歌を聴き、そして覚えていった。 覚えては、教室でその歌を歌う毎日を繰り返した。
ぼくがあまり拓郎の歌ばかり歌うので、『月夜待』の君も拓郎に関心を寄せたらしく、ある時ぼくに「わたし、昨日拓郎のレコードを借りて聴いてみたよ」と言ってきた。 ぼくが「拓郎はいいやろ?」と言うと、「まだ一回しか聞いてないけよくわからんのやけど、『男の子女の娘』という歌がよかった」と言う。 すかさずぼくがその歌を歌うと、彼女は「えっ、そんな歌やったかねえ?」と言う。 「この歌はこんな歌ぞ」 「なんか違うような気がするけど…」 「おまえ、耳がおかしいんやないか?」 「そんなことないよ」
その頃のぼくは、彼女のことを気に入ってはいたが、自分の中でまだ好きだとは認めてなかった。 だからこそ、「耳がおかしい」などと平気で言えたのだ。 彼女のことを「好きだ」と認めてからは、そういうことを言ったこともなければ、思ったこともない。
さて、どうも納得のいかないぼくは、家に帰ってから彼女が好きだというその歌を聴いてみた。 が、ぼくが歌うのと何ら変わらない。 「やっぱりこんな歌やないか。しかし、彼女は何でこんな歌が好きなんやろう?熱狂的な拓郎ファンでも、この歌を好きという人はあまりおらんと思う」 案の定、ぼくの人生の中でこの歌を好きだと言ったのは、彼女一人しかいなかった。 そこで、ぼくは「きっと、彼女は歌を聞き間違えたんやろ」と結論づけた。
そして翌日、ぼくはそのことを彼女に言おうとした。 が、あいにく彼女は、友人たちと談笑にふけっていたため、なかなか入り込むチャンスがつかめなかった。 そうこうするうちに、一日は終わってしまった。 その翌日になると、今度はぼくのほうがそのことを忘れてしまっていた。 それを思い出したのは、何週間か先のことだった。 「今更言うのも何だから」、という理由で、結局そのことは言わずにおいた。 今になってみれば、それが心残りである。 もし、あの時そのことを言っていたら、そのことがきっかけとなって、二人の間はもっと違った方向に行っていたかもしれないのだから。
ぼくと彼女との間には、そういうちょっとした行き違いが多々ある。 その当時は、その行き違いにいちいち理由をつけて、「これが後々ドラマチックな展開につながるんだ」と思っていたものだった。 ところが、その勝手な思い込みは、結局8年間の片思いにつながってしまった。 当時のぼくは、夢見るおバカだったのだ。
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