| 2005年08月25日(木) |
歌のおにいさん(4) |
高校受験の日、同じ試験会場には何と『初恋』の君がいた。 同じクラスなのに、彼女がどの高校を受けるのかを、ぼくはまったく知らなかった。 『赤色エレジー』以来、ぼくの中にわだかまりが出来てしまって、彼女を前にすると口を開けなくなったのだ。 「どの高校受けると?」の言葉さえ出てこなかった。 彼女もそれを感じていたのか、他の人には「どこ受けると?」と聞いていたようだが、ぼくには一言もそんなことを聞いてこなかった。 彼女の中には、きっとぼくの存在なんかなかったに違いない。 だから、ぼくがどの高校を受けるかなんて、関心がなかったのだろう。
とはいえ、同じ高校を受けたことが、ぼくには嬉しかった。 これが縁で、本格的な恋が芽生えるのかもしれないという期待があったからだ。 「運命は確実にぼくと彼女の距離を縮めつつある」 ぼくは、そんなことを思いながら、試験を受けたのだった。
それから一週間後、合格発表があり、ぼくも彼女も無事合格していた。 その発表から高校入学までの間ずっと、ぼくは彼女との間に起こるこれからの3年間を想像していたのだった。 その想像の3年間は、実にハッピーなものだった。 ぼくのそばにはいつも彼女がいて、その彼女のためにぼくは歌っている。 お互いの誕生日を祝い、クリスマスを共にし、いっしょに初詣に行く…。 なんて、バカなことを考えていたのだった。
さて、高校入学当日、ぼくは期待に胸をふくらませて校門をくぐった。 何を期待していたのかというと、これから始まる高校生活ではなく、もちろん彼女との未来である。 式中も、そんなことばかり考えていた。 みんな緊張しているさなか、ぼく一人だけがにやけていたのだ。 その後に、そんなバカな想像が、一気に崩れ落ちる瞬間が待っているとも知らないで。
入学式が終わった後、ぼくたち新入生は新しいクラスに移動した。 暫定的に席が決まり、みな席に着いた。 どんな人がいるんだろうと、ぼくは周りを見渡した。 その時だった。 一人の女子が、ひときわ際だって見えたのだ。 どこかで会ったことのあるような、ないような…。 とにかく、何とも言えない感情がぼくの胸をくすぐったのだった。 ついに、その後8年間思い悩むことになる『月夜待』の君が登場したのである。 その瞬間、『初恋』の君への想いはどこかに吹っ飛んでしまった。
たまたまその日の帰りに、『初恋』の君と同じバスになった。 ぼくを見つけた彼女は、珍しくぼくのそばに寄ってきて、高校についていろいろと話しかけるのだ。 しかし、ぼくは上の空だった。 『月夜待』の君が気になって仕方ない。 そう、『初恋』の君なんて、もうどうでもよくなっていたのだった。 そして、その日を境に、ぼくの歌は『月夜待』の君に向けられることになる。
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