| 2005年08月24日(水) |
歌のおにいさん(3) |
『赤色エレジー』は裏声で歌う歌なので、その練習さえしておけば、多少の歌唱力不足はカバーできる。 また、当時の大ヒット曲だったので、話題性は充分である。 ぼくは、歌う曲目を決めてから遠足前日までの毎日を、裏声の練習で過ごしたのだった。
さて、遠足当日。 ぼくは修学旅行時と同じく、後ろの方の席を陣取った。 前回の修学旅行では、前から順番に歌っていったから、今回は後ろから順番ということになると読んでいたのだ。 案の定であった。 その読みは見事に当たり、後ろから歌うことになった。
ぼくは3番目だった。 もちろんHより先である。 最初の二人が歌い終わり、バスガイドが、「次は誰が歌いますか?」と訊いた。 すかさずぼくは、大声で「はい!」と言って手を挙げた。 「おお、元気がいいですねえ。何を歌ってくれますか?」 「赤色エレジーを歌います」 「えーっ」と、ここでバスの中がどよめいた。 きっとみんなの心の中に、「まさかこの歌を歌う奴はいないだろう」というのがあったのだろう。 ということで、つかみはうまくいった。
ぼくは深呼吸をして、「♪愛は愛とて、何になるー♪」と始めた。 ちゃんと練習通りに裏声が出ている。 キーも外さずに歌えている。 ぼくは心の中で、「やったー!」と叫んでいた。
ところが、ここで予想外のことが起こった。 てっきりみんなは聞き惚れていると思っていたのだが、ぼくが声を張り上げるたびに笑いが漏れてくる。 「おかしいなあ」と思いながらも、全部歌い終わると、拍手の代わりに大爆笑が起きた。 そこで、横に座っていた友人に「何がおかしいんか?」と聞いてみた。 その友人は、「おまえの声がおかしいんよ」と言った。 「えっ!?」 「オカマみたいな声出しやがって」 「オカマ声やったか?」 「おう」 ぼくは慌てて『初恋』の君を見た。 彼女も、もちろん笑っていた。 その笑いは、嘲笑しているように見えた。 いや、嘲笑していたのだ。 その証拠に、その後彼女はぼくを見るたびに、下を向いて嘲るように笑っていたのだから。
結局、『赤色エレジー』で彼女の心をつかめなかった。 しかも、それを歌ったせいで、嘲笑の対象にまでなってしまったのだ。 ということで、高校に入るまで、ぼくは再び人前で歌を歌わない男に戻っていった。
とはいうものの、歌うのをやめたわけではなかった。 「高校で勝負だ」という思いがあって、押し入れスタジオでの練習はしていたのだ。 もちろんその頃には、『赤色エレジー』は歌ってなかった。 何度か友人たちから、「しんた、赤色エレジー歌ってくれ」と頼まれたが、「誰が歌うか!」と言って断っていた。 その頃、主に練習していたのは、ジュリーの歌であり、ラジオで覚えたフォークソングであった。 そして、それが高校時代の大ブレークにつながるのだった。
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