前回から、歯の治療は右下の奥歯に移っている。 以前治療した歯の銀冠が浮き、そこを虫が食っているのだという。 そこで、かぶせている銀を外しての治療となった。 銀を外した時に、先生は言った。 「この歯は、えらく昔に治療してますねえ」 「えっ、そうですか?」 「ええ、この治療法は古いやりかたですよ」 「へえ」 そこで治療中に、いつ治療したものだったかを考えていた。 治療が終わる頃になって、ようやく思い出すことが出来た。 「えらく昔」と言われるはずだ。 もう30年も前の治療なのだから。
あれは高校3年のことだった。 右下の犬歯の横の歯に穴が開き、その奥の歯もそれに併せるかのように黒くなっていた。 しかし、別に痛くもなかったので放っておいた。 2学期末のある日、授業中に突然喉が痛くなったことがある。 そこで、授業が終わったあと、保健室にトローチをもらいに行った。 「先生、トローチ下さい」 「トローチ?どうしたんね」 「喉が痛いんです」 「喉が痛い?風邪かねえ。ちょっと口開けてみて」 ぼくは口を開けた。 その時だった。 先生は急に大声を張り上げた。 「何ね、あんたの歯は!」 「えっ?」 「えっじゃないよ。汚いねえあんたの歯は。すぐに治療に行ってきなさい」 「歯の治療?」 「そう、歯の治療。歯が酷いことになっとるよ」 「ああ、歯でしょ。それはわかってます」 「わかってるなら、何ですぐに治療に行かんとね?」 「治療と言ったって、別に痛いわけでもないし。歯医者はいつか行きますから、トローチ下さい」 「だめ。あげません」 「何でですか?」 「喉が痛いのは歯から来とるんよ。すぐに治療しないと大変なことになるよ」 ということで、先生におすすめの歯医者を聞き、その日の帰りに行くことにしたのだった。
さて、今日はその歯の奥の治療をした。 「今日はこの歯の治療をします」 と言って、先生はかぶせていた奥歯の冠を外した。 「えっ…」 先生は一瞬沈黙した。 「これはすごい。この間より古い治療ですねえ。もう土台がボロボロになっていますよ。根っこから治療をやり直さないと…」 ということで、今日も治療中に、いつ治療した歯なのかを考えていた。 この間より古いとなると、高校2年の時に
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