さて、ヒロミが辞めてからこちら、会ったのは1,2度しかない。 一度目はヒロミが子供を産んでからすぐの頃だった。 子供を見せに会社にやってきたのだ。 どうも自分の子が気に入らないらしく、「かわいくない、かわいくない」を連発していた。 「ね、しんたさん。私に似てないやろ?」 「そうかのう。目元は似とるんやないんか」 「そんなことないっちゃ。この子旦那似なんよ。全然かわいくないっちゃね」 「まあ、そのうち似てくるやろ」 「似てくるわけないやん。じゃあ、帰るけ」 そう言ってさっさと帰って行った。 滞在時間は3分ほどだった。
もう一度は、今から10年ほど前、今の会社に移ってからのことだった。 ある日のこと、前の会社の後輩がやってきた。 何でも今度結婚するらしく、ぼくに「披露宴に出席してくれ」と頼みにきたのだ。 そこで、「おまえ、前はヒロミと同じ売場やったろ。ヒロミは呼んだんか?」と尋ねてみた。 後輩は「もちろんです。ちゃんと呼んでます」と言った。 そして当日、ぼくたち夫婦と久々の対面となったわけだ。 もちろん同じテーブルだったので、いろいろな思い出話に花が咲いた。 その中で、一番多く名前が出たのが、オータグロだった。
その後、ヒロミとは音信不通になってしまった。 最初はぼくたち夫婦間でも、ヒロミのことが話題になっていたが、それもそのうちなくなってしまった。
先月のこと、嫁さんの携帯にショートメールが入った。 文面には『お元気ですか(絵文字)』と書いてあった。 嫁さんは「誰やろうか。この電話番号に心当たりがない」と言う。 ぼくが「電話してみたら」と言うと、「いやよ。知らん人やったら困るやん」と言う。 そこでこちらから、『誰ですか?』と書いたショートメールを送ることにした。 それからしばらくして、嫁さんの携帯が鳴った。 嫁さんが、着信番号を見てみると、先ほどのショートメールと同じ番号だった。 嫁さんは「気味が悪い」と言って出ようとしない。 「出れ。変なやつやったら代わってやるけ」 ぼくがそう言うと、嫁さんは恐る恐る電話に出た。 「もしもし」 「・・・」 「はい、そうですけど…」 「・・・」 「いえ、違います」 「・・・」 「えっ、ヒロミ!?」
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