ヒロミがぼくの部下になったのは、昭和61年9月のことだった。 店の改装でヒロミの売場がぼくの部門の隣になり、ぼくがいっしょにその部門を見ることになったのである。 翌年の2月にヒロミは寿退社するので、ぼくの部下だった期間は約半年だったことになる。
その頃、クレジット会社からオータグロという新入社員が派遣されていた。 気障な感じの男だった。 いつも暇をもてあまして、仕事もせずに店内をブラついていた。 そのブラつく姿が変だった。 何かリズムをとっているのか、体を左右に振り、指パッチンをしながら歩いているのだ。 ぼくがそれを見て「あの歩き方が悔しいのう」とヒロミに言うと、ヒロミは「そうやろ。あいつ変やろ」と言った。 「あいつをブラつかせんようにせないけん」 「そうやねえ」 「どうしようかのう」 「何かギャフンと言わせたいねえ」 いろいろと考えたあげく、電話作戦を採ることにした。
作戦とはいうものの、大したことをやったわけではない。 オータグロが持ち場を離れた時に、オータグロのカウンターに電話をかけるだけである。 そして受話器を取った時に切るのだ。 ばれると困るので、あらかじめこちらの電話はカウンターの中に入れておいた。 そして、ぼくもヒロミもオータグロからよく見える位置に立ち、他のことをやっているふりをする。 どちらかの指が、電話機のボタンを押していた。 何度もやるとばれるので、当初は日に3度までにとどめることにしていた。 だが、その慌てぶりがおかしかったので、その後だんだんエスカレートしていき、何度もやることになる。 そのうちオータグロは警戒して、持ち場を離れないようになった。
「しんたさん、最近オータグロ、持ち場を離れんようになったねえ」 「そうっちゃ。面白くないのう」 「また何かしたいねえ」 「おう」 ぼくたちは次の作戦を練った。 そしてとった作戦は、友だち作戦だった。 とりあえずオータグロと仲良くなり、こちらに遊びに来させるようにするのだ。 「オータグロくーん」 「はーい」 これを何度かやっているうちに、こちらに対して警戒心を持たなくなる。 そこで電話作戦を再開する。というものだった。 もちろん何度もやっているとばれるので、今回はほどほどにしておくことにした。
案の定、オータグロはこの作戦に引っかかった。 しかし、そのうちオータグロも気がついたのか、すぐに電話には出ないようになった。 そこでぼくが、「この間オータグロ君がおらん時に電話が鳴りよったんよ。出らんと悪いけ、とってみたらお客さんからやった。『何で、すぐに出らんのか』とえらい剣幕で怒られたんよ」と言った。 するとヒロミも、間をおかずに「そうそう。わたしも電話とったことあるんやけど、同じこと言われたよ」と言った。 それが効いたのか、オータグロはまた慌てて電話まで走ることになった。
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