話は2週間前にさかのぼる。 5月1日のこと。 取引先のK商店から商品が入荷した。 K商店は一族でやっている企業で、配達もその一族でやっている。 その日商品を持ってきたのは、社長の奥さんだった。 「こんにちはー。お世話になっています」 「あ、こんにちは。Kさん、今日も仕事なんですか?」 「ええ、うちは暦どおりだから」 「他の取引先はどこも休みなのに大変ですね」 「そうなんですよ。それに、今朝方おじいちゃんが亡くなったんですよ。もう忙しくて」 「おじいちゃん?」 「ええ、社長のお父さん、会長ですよ。99歳だったんです」 「へえ、大往生やねえ」 「で、ここが終わったら、すぐに通夜の準備なんです」 「じゃあ、明日が葬儀?」 「いえ、葬儀は連休明けにやります」 奥さんは5分ほどぼくの話につきあった後、走るようにして帰って行った。
さて、連休明け。 わりと人通りの多い表通りにある斎場で、しめやかに葬儀は執り行われた。 斎場には、会長の名前『○○○○』が大書してあった。 ところが、それが元で大きな勘違いが起きた。 喪主は息子である社長がやったのだが、社長の名前は『○○○○郎』といって、会長の名前に『郎』一文字を付け加えた名前である。 今の取引先の人で、会長の名前を知っている人はいない。 そのため、会長の名前を見た人は、てっきり社長が亡くなったと思ったのだ。
翌日、ぼくは店長から呼ばれた。 事務所に行くと、店長は「ねえ、しんた君、K商店と取り引きあったよねえ」と言った。 「ええ、ありますよ」 「社長、どこか体の具合が悪かったんかねえ」 「え?知りませんよ」 「そうか、知らんのか。いや、実はねえ、他の店の人からから電話があって、『昨日、K商店の社長の葬儀をやっていた』と聞いたんでね、しんた君が知っとるかと思ってね」 「葬儀?ああ、それは会長の葬儀ですよ。一日に社長の奥さんが来た時に、会長が亡くなったと言ってましたから」 「ああ、会長ね。そうやろうね。社長の具合が悪いとか聞いてなかったけ、おかしいなとは思ったんやけど…。ああ、そうか、社長は会長の名前に『郎』を足した名前やけ、知らん人は間違えるよねえ」 それで納得したのか、話はそこで終わった。
ぼくが売場に帰ると外線が入っていた。 電話は本社の人からだった。 「しんちゃん聞いた?K商店の社長が亡くなったらしいね」 また勘違いである。 「ああ、あれは会長ですよ」 ぼくはその日「社長が亡くなった」という話を三度聞かされた。
翌日も、何人かの人が言ってきた。 しかし亡くなったのが会長だとわかったのか、それ以来言ってくる人はいなくなった。
ところがである。 それから一週間くらいして、ある取引先の人が、「K商店の社長が亡くなったらしいですね」と言ってきた。 「いや、亡くなったのは会長」 「ああ会長だったんですか。そうですよね、社長まだ若かったし」 もう時間も経っていることだし、そういうことを言ってくる前に、ちゃんと電話で確認をとるなりして、事実を調べろよ。 知らない仲じゃないんだから。
とはいうものの、ぼくも奥さんから聞いてなかったら、ここ最近会ってないし、やはり亡くなったのは社長だと思ったかもしれない。 いつもネタに困っているので、案外この日記にもそのことを書いたかもしれない。 社長はこの日記をたまに読んでいるらしいから、もしそうしていたら、「日記読みましたよ」と言ってきたかもしれない。 きっと、バツの悪い思いをしていたことだろう。
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