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2003年06月13日(金) 「ピーン、ポーン」二話

【その1】
今日は金曜日、恒例の休みである。
休みといっても、例のごとく何もすることはない。
以前なら、休みといえばドライブということになっていたのだが、最近はそういうこともなくなった。

ということで、朝、普段より少し遅めに起きて、昨日の日記を書いていた。
昨日の日記は、結局今日の午後4時頃の更新になってしまったのだが、それまで何をやっていたかといえば、パソコンで『花札』をずっとやっていたのだ。
別に花札が好きなわけではない。
この間、近くのダイソーに行った時にこのソフトを見つけた。
中学生の頃、ルールもわからずにやっていたの花あわせを思い出し、懐かしくなって買ったのである。
まあ、100円という値段も手伝ったわけだが。

午前11時頃だったろうか。
ちょうど花札に昂じている時だった。
「ピ−ン、ポーン」という間延びした音が聞こえた。
出てみると、郵便局のアルバイトおばさんだった。
「書留でーす。認めお願いしまーす」
慌ててシャチハタを探した。
実は、ぼくは自分の実印以外の印鑑がどこにあるのか知らないのだ。
「ちょっと待ってくださーい、すぐに見つかりますからー」
と、懸命に探した。
しかし見つからない。
別にシャチハタでなく、実印を出せばいいようなものだが、その時ぼくの頭の中にはシャチハタしかなかった。
書類入れの、すべての引き出しを開けてみたが見つからない。
「ここにないとすれば…」
と、ぼくは食器棚の引き出しを開けてみた。
奥の方に黒いものが見えた。
「あった」
おばちゃんが来てから5分ほど経っていた。
「ありましたよー」と喜び勇んで玄関に行くと、おばちゃんは憮然とした顔をしていた。
「あのう、サインでもよかったんですけど…」
そう言われても、ぼくの頭の中にはシャチハタしかなかった。


【その2】
午後2時頃。
ようやく日記を書く気になって、エディタを開いた時だった。
「ピーン、ポーン」
再び間延びした音が聞こえた。
「はーい」
「あのう、上の階に住むものですけど」
「はい」
「お時間いただけますか?」
「別にかまいませんけど」
ぼくは、『近所付き合いが嫌』という理由からマンションを選んだのだ。
そのため、他の住人と話をすることは滅多にない。
町内会費の集金時期でもないのに、今頃何の用だろう。
もしかして、ぼくが何かやらかしたのだろうか?

出てみると、ぼくより年の若い、人の良さそうな男性が立っていた。
「お忙しいとこ、すいません」
「いいえ」
「あのう、私、上の階に住んでいる○○という者ですけど」
「はあ…」
「実は、私、こういうところに勤めていまして」と、彼はぼくに名刺を渡した。
見てみると、車のディーラーの名前が入っている。
「車を買われる際は、ぜひ私にお願いします」
「はあ…。で、何号室にお住まいですか」
「○号室です」
「はい、わかりました」
「じゃあ、お願いします」
彼は帰っていった。

玄関のドアを閉めてから、ぼくは覗き穴から彼の行動を見ていた。
隣にも行ったようだ。
今の車は、今年7年目の車検である。
何度もぶつけたり、ぶつけられたりしているし、すでに走行距離10万キロをオーバーしているので、もうボロボロである。
そのへんを見越して、その人は来たのかと思ったのだが、行動を見る限り、どうやらそうではないようだ。

それにしても、彼は勇気がある。
ぼくも販売に携わっている身だが、販売のために近所を回ることなどとうてい出来ない。
ただのご近所関係が、物を売ったとたんに、販売者と顧客の関係になるのだ。
そのため、顔を合わした時に、「おはようございます」や「こんにちは」ではすまなくなる。
「その後、調子はどうですか?」などという調子伺いは必要になるだろうし、最低でも世間話はしなくてはならなくなる。
ぼくは元々近所づきあいが嫌いなのに、そんなことに耐えきれるはずがない。
また、商品が故障した場合、クレームを受けるのも嫌である。
相手も、言いたいことがあっても言えないだろう。
そういった意味で、彼はまさに営業の鏡であるといえるのではないだろうか。
しかし、いかに彼が営業の鏡とはいえ、ぼくは彼からは買わないだろう。
それは、ご近所さんと気まずい関係を作りたくないという理由からである。


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